柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

たまごかけごはんの食べ方

最後はしろめし」で最後は漬物を食べてからの白飯で終わりにしたいと書いた。

 

おいしさは食べる順番でずいぶん変わる。

コースで出てくる日本料理だって、脂がのった焼魚が出た後に刺身が出てきたらがっかりする。

 

同じ弁当や定食でも、人によって「最初はカリカリ梅の下の塩味がしみたごはんから」とか「最初は付け合わせのポテトサラダから」とか「味噌汁には手をつけず最後に食べる」など他の人に理解されなくても、それはその人にとっては最もおいしい食べ方なのだ(ちなみに夫は味噌汁に手をつけずに最後に食べる)。

 

そこで、ほぼ毎日食べているたまごかけごはんでも、おいしい食べ方を追求してみた。たまごかけごはんに鰹節を足すとか、なめたけを足すとか、プラスアルファの楽しみ方ではなく、ごはん、卵、醤油だけでとう食べるか。

 

そして、いま現在で一番おいしいと思う食べ方を見つけた。

 

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追い飯後のたまごかけごはん


①1合のごはんを炊き、茶碗に半合よそる

②ごはんの真ん中にくぼみをつくって卵白だけを落とす

③醤油で味付けした納豆をのせて食べる

④半分弱残したごはんに卵黄をのせて混ぜる

⑤醤油をちょこっと足して白飯がほしくなるほどの味の濃さに調整する

⑥残りの半合を追い飯して食べる(最後に食べたい白飯部分は卵液が付着しないように気をつける)

 

今はこれが一番だけど、あくまでいま現在で。子どもの頃は味噌汁に手をつけず食事の最後に食べていた(のでセッカチな父によく怒られた)けど、今は最初から味噌汁を食べているように、おいしいと思う食べ方は時として移り変わってゆく。

 

先日、クックパッドニュースのコラムでたまごかけごはんについて書いたら、たまごかけごはんへの愛やこだわりやお気に入りの食べ方などさまざまな反応をいただいた美食家のブリア・サヴァランは「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」と言ったそうで、たしかに食の嗜好はその人が垣間見えるようでおもしろい。でも、「どんなもの」かだけでなく、「どんな食べ方」かによってもその人が垣間見えるように思う。

玉子焼き考

のりべん考」で海苔弁に合うおかずは玉子焼きときんぴらごぼうだと思うと書いたら、玉子焼きは甘いのか甘くないのかという質問があった。

 

海苔弁のおかずとして想定していたのは、出汁と醤油を少し入れた、甘くない、かつ、しょっぱすぎない玉子焼き。だからこそ、口直し、箸休めになる。私は甘い玉子焼きはあまり好きではない。

 

しかし、甘い玉子焼きが好きな人もいる。

誰もが好む玉子焼きを作ることは至難の業だと思う。

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ケータリングおむすび屋時代につくっていた玉子焼き。甘い玉子焼き好きにも甘くない玉子焼き好きにも好まれる絶妙な味を目指したけどむずかしかった

 

子供の頃は甘い玉子焼きも食べていた。家族で近所の回転寿司店に行くと必ず注文していた出汁巻き玉子は甘かった。

 

出汁をたっぷり含んだぷるぷるの出汁巻き玉子に箸を入れると、出汁が溢れ、口に含むと熱々で少し甘めの出汁がじゅわっと広がる。しかし、甘いだけではなく、しっかりと出汁と塩味が効いていたから好きだったのかもしれない。

 

甘くない玉子焼きがおいしいかもしれないと思うようになったのは高校3年生の時に大阪で食べた明石焼き。出汁と塩味だけであまりにもおいしかった。その後、大根おろしと醤油で食べる甘くない玉子焼きを知ると、ますます甘くない玉子焼きに惹かれていった。

 

そもそも甘い佃煮や煮豆などの甘いものが苦手だけど、甘い玉子焼きが苦手な理由はごはんのおかずにならないから。そのため、太巻きの具の甘い玉子や、寿司の玉子など、ごはんと一体となっているものはおいしいと感じる。

 

ちなみに、外食や弁当で甘い玉子焼きが出てきてしまったら、醤油につけて食べれば、なんとかごはんのおかずになってくれる。

 

この「玉子焼きは甘いか甘くないか問題」や「梅干しは甘いか酸っぱいか問題」は、地域や家庭環境に関係なく日本人の嗜好を二分しているように感じる。それくらい好みは人それぞれ。

 

私は甘くない玉子焼きが好きだけどお酒や珈琲など、“大人の味”を知る大人が「わたし甘い玉子焼きなんです、うふふ」と話しているのを聞くと、なぜかちょっと嬉しくなる。

のりべん考

以前に「栗ごはん考」でも書いたように、炊き込みごはんに合わせるおかずは難しい。

 

ようやく最近になって何をおかずにすればいいか分かってきた。

 

わが家では、おかずと一緒に食べる前提で薄味の炊き込みごはんを作る。とは言え、白飯がほしくなるようなおかずを作ってしまうと、炊き込みごはんを食べながら白飯がほしくなってしまう。

 

そこで考えたのは、「おかずになるけど、激しく白飯を欲さないおかず」。

 

たとえば、煮浸し、高野豆腐の煮物、胡麻和え。

小松菜と人参と油揚げの煮浸しは薄味に。

かぶりつくと汁がじゅわっと出てくる高野豆腐の煮物は優しい味付けに。

いんげんの胡麻和えは味付けがしっかりしていても、白飯を激しく欲するかというと、そうでもない。炊き込みごはんでも、まあいいか、と思える。

 

炊き込みごはんと同様に、海苔弁のおかずも難しい。

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おかずがむずかしい海苔弁

市販の海苔弁は、焼いた塩ジャケ、ちくわの磯辺揚げなどが入っているものが多いけど、どうも好きになれない。

ちくわの磯辺揚げや白身魚のフライなどの揚げ物系は、海苔弁にとって白飯の次に重要とも言える海苔が油でギトギトになってしまう。

焼いた塩ジャケはどうしても白飯が欲しくなってしまう。せっかく海苔弁を食べているのに、ああ白飯が欲しいなあと思ってしまうことはとても残念だ。

 

極論を言えば、海苔弁はおかずなしでもいい。でも、やはりおかずがちょっとあったらうれしい。

 

そこで、海苔弁の場合の「おかずになるけど、激しく白飯を欲さないおかず」は何だろうと考えた。弁当なので汁気がないものがいい。

 

たどり着いたのは、きんぴらごぼうと玉子焼き。

きんぴらごぼうは、白飯が欲しくはなるけど、海苔弁の白飯と海苔の間に挟まっているおかか醤油と味の方向性が似ているので、海苔弁となじむ。

玉子焼きは胡麻和えと同様に白飯を激しく欲するものではない。出し巻き玉子に大根おろしと醤油という食べ方であれば白飯というか日本酒が欲しくなるけど、玉子焼きは海苔弁の口直し的な存在だと感じる。

 

ごはんについて言えば、白飯が少なめでおかかと海苔とともに薄い層になっている海苔弁は、ごはん全体がのっぺりとしていて悲しい。やはり海苔弁はたっぷりの白飯がふんわりと厚い層になっているものがいい。

 

そして、海苔がちょっとよれていたり、玉子焼きが崩れたりしていたりしても、それがまたおいしそうに見えるのが海苔弁。お母ちゃんが忙しい朝にバタバタと豪快に作ったような海苔弁は最高の海苔弁だと思う。

最後はしろめし

ごちそうさまの後、気づくと皿に漬物があと1切れだけ残っている。それなのに、ごはんを食べきってしまった。こんなとき、たった1切れなのだから次の食事に持ち越すよりも食べちゃえばいい、と思う。しかし、私はたった1切れであってもごはんがなくては食べられない。どうしても食事の最後のひとくちは白飯でないと落ち着かない。

 

おかずとごはんを交互に食べても、最後は白飯。たまごかけごはんも、すべてのごはんを卵と混ぜてしまわず、最後に食べるための白飯部分を卵から守っておく。定食屋の玉子丼は「つゆだく」だとがっかり。つゆだくの玉子丼が出てくると、「ひとくち分の追い飯」を追加注文したくなる。

 

定食屋では、目玉焼きとか焼き魚とかメインディッシュを食べてからの白飯で終わりではなく、すでにメインディッシュは食べ終わり、付け合わせの漬物を食べてからの白飯で終わりにしたい。白飯が大盛りで漬物がおいしい定食屋は、いい定食屋だなあと思う(もちろん白飯もおいしいと嬉しい)。 

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近所の定食屋でも最後は必ず漬物→白飯

鰻屋のうな重は「価格」と鰻の蒲焼きの「大きさ」が「松竹梅」などで比例するけど、「松」など高いランクのうな重はごはんに対して鰻が大きすぎる。「梅」「竹」で白飯を大盛りにすると、鰻と白飯を楽しんだ後、最後は漬物を食べてからの白飯で終わることができる(やせ我慢ではない)。

 

 お酒の締めも白飯がいい。料理の最後に白飯が出ると嬉しい。おかわりできるとなお嬉しい。炊き込みごはんも好きだけど、やはり白飯は嬉しい。

 

以前にある立食パーティーでお酒と料理を楽しんでいたときに、どうしてもお米が食べたくなり、途中で抜け出して近くの店へ締めの土鍋ごはんを食べに行った。季節柄、牡蠣ごはんが食べたい。でも、やはり最後は白飯でないと満足できそうもない。悩んだ末に両方とも注文して、牡蠣ごはんをおかずに白飯を食べたら解決した。

追い飯のおいしさ

最近、たまごかけごはんを食べる機会が増えた。

ごはんを食べようとすると生後1カ月の娘がぐずるので、ごはんをできるだけ手短にかきこまねばならないからだ。

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近所のスーパーで買った平飼い会津地鶏の卵に、お取り寄せした「みそたまり」

 

食べるお米の量は朝は1合。昼と夜は母乳育児でお腹が空くので1合半近く食べる。

 

近所のスーパーで買う卵は濃厚なタイプなので生食では1食1個でないと少々くどい。

漬物があるときは卵1個でごはん2、3杯食べられるけど、漬物を切らしてしまったときは、たまごかけごはんの味付けを濃いめにする。すると、ごはんが進み、卵に対してごはんが足りなくなってくる。そこで、食べかけの茶碗に追加でごはんだけをよそう。美しくない食べ方だけど、おいしい。

 

これ、何かに似ているなあと思ったら「追い飯」というやつだ。

 

追い飯とは、ラーメンやカレーうどん、台湾まぜそば、ラクサなどの麺料理のシメに食べるごはんのことで、麺を食べ終わった後の汁に投入して食べるらしい。麺を食べながらごはんを食べる焼きそば定食やラーメンライスなどとはちょっと違う食べ方だ。

 

茶碗の中がしょっぱいときに新たなに投入する白ごはんは、しょっぱい漬物と一緒に食べるごはんのおいしさとはまたちょっと違う類のおいしさがある。そして、追い飯の最もおいしいポイントは、子どものころに味噌汁にごはんを入れて(あるいはごはんに味噌汁をぶっかけて)食べて叱られたことを思い起こす背徳感のような気がしている。

お米と母乳

娘を出産後、母乳で育てている。早産で小さく生まれたこともあり、しばらくは2時間おきに授乳をするよう病院で指導された。

 

頻繁に授乳していると、やたらと喉が乾く。そして、お腹がすく。ごはんを3杯食べても驚くことに満腹感はうっすらとしか感じられない。

 

なんとなく、お米を食べると母乳が作られるような感覚がある。産前は昼食で素麺を茹でて食べたこともあったのに、今は素麺をまったく欲しない。あくまで個人の感覚的にだけど、麺やパンでは母乳が作れないような気がする。力仕事をする人が「米を食わないと力が出ない」と言うように、「米を食わないと母乳が出ない」と感じている。

 

そして、糯米は母乳に良いと聞いたことがあったけど、たしかに糯米を食べると母乳が増える感覚がある。産後の入院中、夫が持ってきたお盆用の餅粉の団子を食べたところ、効果てきめんだった。

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お盆にお墓で食べる餅粉の団子と枝豆

糯米とうるち米の違いはデンプンのアミロースとアミロペクチンの比率。糯米はアミロースが0%でアミロペクチンが100%。アミロペクチンが母乳に関係しているのだろうか。真相は不明だけど、感覚レベルでお米の偉大さを改めて感じた。

 

実は、破水の前夜にヨモギ餅と菱餅をこしらえていた私。切迫早産で安静に過ごすように言われていたにもかかわらず。

 

破水した時、前夜の行動をとても後悔した。餅をこしらえたことが破水の原因ではないとしても、安静にしていなかったことを反省し、病院へ向かう車の中で、お腹の子にごめんねと何度も謝った。

 

無事に出産して退院すると、夫がヨモギ餅を冷凍庫で保存しておいてくれていた。

 

大きなお腹でこしらえたこのヨモギ餅も母乳に変わるんだろうなあと思うと、なんだか感慨深い。

おいしい米って何?「味度メーター」に迫る

「おいしいお米」とは、どんなお米なのでしょうか。お米に関するさまざまな事業を展開している会社「東洋ライス」は、その指標を「味度(みど)」で表して、計測できる機械を開発しています。味度とはどんなもので、どのように知ることができるのでしょうか。なぜ味度が高いとおいしいお米と言えるのでしょうか。そして、どうしたら味度の高いお米を栽培できるのでしょうか? さまざまな「味度」の疑問に迫りました。

 

「おいしさ」とは「舌触り」と「歯触り」

お米には、香り、粘り、弾力、甘さ、うまみなど、さまざまな要素があります。このさまざまな要素の中でも、「光沢」と「粘り」こそがお米のおいしさを決める最大の要因であると30年以上前に発表したのが、東京農業大学客員教授であり、現在の「東洋ライス」代表取締役兼技術部長である雜賀慶二(さいか・けいじ)さんでした。

雜賀さんは、この粘りを生成する要因を解明し、「おねばの濃縮膜」、「保水膜」と名付けました。

お米を炊飯し始めると、米粒の表面からお米のでんぷんの溶解物「おねば」が出てきます。そして、釜(鍋)の中の水分が減ってくると、おねばは濃縮されて米粒の表面に再付着します。それが、おねばの濃縮膜、つまり、粘りです。炊飯後に外気に当たると、飯粒の表面を覆うおねばの濃縮膜の余剰水分が発散することで、飯粒の表面に張りができ、ツヤツヤと光る保水膜が完成するというわけです。

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私たちが粘りを感じるのは「口あたり」。つまり、「舌触り」や「歯触り」です。雜賀さんは、「おいしいお米」の粘りについて、こう説明します。

「やみくもにネチャネチャに粘っているというのではなく、一粒一粒がそれぞれ独立した状態。そして、粒の表面には粘りの膜がつややかに張られ、内部はそれよりも水分の少ない均一な弾性力を持っている状態です」

見た目はつやつやピカピカ。箸で持ち上げることができる粘り。口に入れると一粒一粒を感じられる。舌触りがなめらか。噛みこんでも粉っぽさやざらつきや水っぽさがない。

そんなごはんを食べたら、きっと多くの人が「おいしいお米だ」と思うでしょう。

 

おねばを洗い流したごはんはおいしくない

では、どうして口あたりが「おいしさ」を決めるのでしょうか。

雜賀さんがこんなユニークな実験をしています。

炊きあがったごはんをぐちゃっとつぶしてから食べる。
炊きあがったごはんの表面のおねばを湯で洗い流してから食べる。

すると、せっかくおいしく炊きあがったごはんは、いずれも「おいしくない」と感じるというのです。たしかに、たとえどんなにおいしく炊きあがったごはんでも、ぐちゃっとつぶしたり、おねばを流したりしてしまうと、ごはんとしてはおいしくなくなってしまいます。

私たちがそう感じる理由は、「ごはん」の特性にあるようです。

「ごはんにはかすかな甘みはありますが、『甘い』『辛い』『酸っぱい』『苦い』の四味の影響力は小さく、ほとんど味のない味と言えます。そのため、『口あたり』や『香り』が優先され、中でも『口あたり』が最もごはんの味に影響するというわけです」(雜賀さん)

ただし、これはあくまで“日本人にとっての”「おいしいお米」。海外では、この粘りを「重い」として嫌厭(けんえん)する国もあります。日本の米は粘性のある短粒種がほとんどですが、海外の米は粘性のない長粒種、中粒種が多い傾向にあります。調理法も、日本のようにおねばごと食べる「炊飯(炊き干し法)」に対して、海外ではおねばを捨てる「湯取り法」というふうに、粘りの扱い方や立ち位置に違いがあります。「粘り=おいしい」は、日本人ならではの感性なのです。

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精米の上手下手で「おいしさ」は変わる

こうしたごはんの粘りからおいしさの度合いを知ることができる技術を生み出そうと、7年ほどの開発期間を経て、今から約30年前の1990年に東洋ライスが発表した機械が「味度メーター」です。味度とは、飯粒の表面の「保水膜」の量を測定して100点満点で点数に換算したものです。

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味度メーターは、簡単に言うと、ごはんの光沢、つまり保水膜の厚さを計測する機械です。しかし、同じ米を炊いたごはんでも、精米方法や炊飯方法などによって保水膜の量は変わってしまいます。

そこで、同一条件で計測するためにいくつかの工夫がなされました。

味度メーターの計測に必要なのは、精米した33グラムの生米。平たい丸い容器に入れると、米粒が動かないように固定された状態でセットされ、熱湯の中に浸かります。これが「仮炊飯」。米粒が入った容器内からは米粒の表面に付いた気泡が抜けて水分が米粒に均一に行き渡るように工夫されています。

10分後、熱湯から出して3分蒸らします。その後、容器から煎餅状になった米を取り出して、計測器の中に投入します。あらゆる方向から光センサーで煎餅状の米の表面にある保水膜の厚さを測るという仕組みです。1検体につき、合計で14分30秒。米をセットしてから計測が終了するまでの一連の作業はすべて自動で行われます。

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「味度」の平均値は70点台。80点台は誰が食べてもおいしいと感じ、90点台が出るのは極めて少ない。90点台のお米は保水膜が厚いおかげで、炊飯後にしばらく置いておいてもツヤが保たれるそうです。

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また、お米の精米具合によっても、ごはんのおいしさ、つまり味度に影響が出ると雜賀さんは言います。

「精米が不足してお米の表面にぬかが残っていると保水膜の生成を阻害してしまいます。一方で、保水膜はお米の『うまみ層』にあり、このうまみ層が炊飯によって保水膜になるため、過剰な精米でうまみ層を削ってしまうと、保水膜が薄くなってしまいます」(雜賀さん)

 

味度メーターと〝ベロメーター〟はほぼ一致

「お米のおいしさを測るならば『食味計』もあるのでは?」と思う人もいるでしょう。食味計は味度メーターのようにお米の保水膜の厚さを測るのではなく、お米の成分を測る機械です。アミロース値やタンパク質、脂肪酸度などを測ることができ、総合点数(食味値)が高いほど「おいしいお米」とされています。つまり、米の成分から米の味や食感などを推測する方式です。

ただ、食味計では測れないのが、お米の劣化による食味の低下です。

以前に、ある農家が実験のために収穫後に玄米で低温保管していたという5年前のお米を、食味計で計測してから精米、炊飯して食べてみました。すると、収穫直後に農家が計測した数値と脂肪酸度も総合点数もほぼ変わらないのに、古米臭が強くて粘りもなくパサパサとしていて、食べるのが厳しいほど劣化していたのです。

一方で、味度メーターでは、お米が劣化すると保水膜も薄くなるため、点数は下がります。実際に、東洋ライスで社員を対象に行った、味度メーターと実食による相関を調べる実験では、人間の“ベロメーター(官能)”にほぼ一致しました。

 

味度の高いお米を栽培するためには?

では、味度が高い米を作るためにはどうすれば良いのでしょうか?
味度の高い米を作る農家に聞いてみました。

タンパク質含量が少ないと食味値は上がります。しかし、「タンパク質含量を下げて食味値を上げようとすると、味度値は反比例して低くなりやすい」と指摘するのは、「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」国際総合部門金賞を連続受賞した新潟県南魚沼市の米農家・関智晴(せき・ともはる)さん。「やせた米では高い味度値は出ない」と言い、味度が高い米は「ぷりっと太っている」と教えてくれました。

食味値を上げるためにタンパク質含量を下げようとして、初期に化学肥料を入れて茎数を増やし、後半に肥料分を落として作る農家もいます。しかし、そうした栽培法では、基部未熟(米粒の先端が未登熟)になるなど、味度が低くなってしまうそう。「稲は周囲との茎数のバランスを分かっています。稲にとって予期しないことを起こさせないことが大切です」と関さんは言います。

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「登熟スピードがゆっくりだと味度が出やすいようです」と話すのは、同大会で何度も受賞経験がある岩手県奥州市の阿部知里(あべ・ちさと)さん。そのためには、田植えを遅くするなど、登熟温度を低くする必要があると言います。阿部さん自身、遅く田植えをして、「お米はタネなので、充実したタネは味度が高い」と考え、しっかりと完熟させてから刈り取っています。

しかし、それも地域と気候次第。阿部さんによると、北日本の寒い地方では田植えが遅すぎるとしっかりと登熟しきれず、逆に味度が低くなってしまう可能性があります。一方で、西日本の暑い地方では遅く植えても味度が出にくくなりがちですが、同じ西日本でも山間部などでは、タイミングが合えばゆっくりと登熟させることが可能です。

稲作は自然との戦いでもあり、調和でもあります。その年によって、作業の時期や内容で吉と出るか凶と出るかは、多くの場合、収穫時期まで分かりません。

「食味計で出る食味値、味度メーターで出る味度値、どちらか一方だけではなく、両方の機械で高得点を出す米を作ることが目標」と関さん。米農家は毎年が年1回の真剣勝負。そうしてできた「おいしいお米」をおいしい状態で食べるためには、栽培だけでなく、もみすり、乾燥調整、精米、流通、保管、炊飯をそれぞれベストな状態で行うことも重要です。「おいしいお米」に出会えたら、そのお米はきっとさまざまな工程の連携の賜物(たまもの)なのです。

 

マイナビ農業掲載)