柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

“鼻ちょうちん”が知らせるおいしいごはん

おいしいお米は、おいしく炊いて味わいたい! でも、お米のポテンシャルをしっかりと引き出して炊飯するためには、コツや道具が大事。そこで、東京・新橋にある日本料理店「懐石 高野」店主の高野正義(たかの・まさよし)さんは、誰でもしっかりと炊き上げられる炊飯鍋を開発しました。その鍋で炊くごはんのおいしさを見極めるのは、炊飯中に鍋ぶたの取っ手から出る“鼻ちょうちん”。一体どんな鍋なのでしょうか?

 

■ごはんがおいしくないのはお米のせいだけじゃない!

 

「“おいしい炊飯”とは、完全なる『アルファ化』」と強調するのは、炊飯鍋を開発した高野正義さん。「分かりやすくいうと、『十分に炊けた』ということ。つまり、お米の甘さを最大限に引き出すことです」

 

お米のアルファ化(糊化:こか)とは、お米のデンプンが水と加熱されることで糊(のり)状になること。お米の中心までしっかりとアルファ化させるためには、お米の中心までしっかりと水を入れる必要があります。なぜ水を入れる必要があるかというと、水は熱の伝導性を高める働きがあるため。つまり、十分なアルファ化には、十分な浸水と、十分な加熱が必要なのです。高野さんは「米の性質を最大限に引き出すのがアルファ化。炊飯鍋に求めるものは、それしかない」と断言します。

 

ところが、私たちが日々炊いているごはんは、炊けているように見えて、実は浸水が足りなかったり、炊きムラがあったりと、十分なアルファ化ができていない場合もあるのです。ごはんを食べて「おいしくない」と感じるとき、多くの場合はお米のせいにされてしまいがち。しかし、高野さんは「アルファ化できていない状態のごはんを食べてお米のおいしさを判断してしまうことは正しい評価ではない」と言います。「アルファ化できないと、旨みや甘さが出なかったり冷めると硬くなったりするどころか、酸味やえぐみや粉っぽさが出ることもあります。雑味を除外できるような炊き方は十分なアルファ化以外にありません」。炊飯の工程で十分なアルファ化をすることによって、お米の本来の持ち味を初めて知ることができるのだと言います。

 

■ふたまで全体が温まる鍋を求めて

 

高野さんは十分なアルファ化を求めて、これまでにさまざまなメーカーにさまざまな炊飯鍋を特注しては炊飯を繰り返すなど、試行錯誤をし続けてきましたが、「家庭の弱い火力でもムラなく炊ける」という条件をクリアできる鍋になかなかたどり着けませんでした。

 

「ムラなく炊飯するためには、鍋全体を温めることが必要。熱は鍋の下から入ってきて徐々に鍋の上に広がっていきますが、既存の鍋ではふたまで熱が到達するものがありませんでした」

そこで、ふたまで熱が届く鍋を開発しようと模索する中で出会ったのが、三重県四日市市にある萬古焼(ばんこやき)メーカー「銀峯(ぎんぽう)陶器」と、富山県高岡市の鋳物メーカー「砺波(となみ)商店」でした。

銀峯陶器と共同開発したのは、土鍋「亶-SEN-」。土の内部の空気が細かいため、「さまざまな陶器メーカーの中で、土の保熱力に加えて、金属に近い熱伝導性が最も高かった」と高野さん。家庭用ガスコンロの弱い火でも鍋全体を温められる土鍋を作り出すことができました。

そして、砺波商店と共同開発したのは、「金しゃり釜」。見た目はどう見ても土鍋です。ところが、「内部に遠赤外線コーティングを施したアルミ鍋」というからびっくり。「アルミ鍋は熱伝導性が高い一方で放熱性も高いのですが、コーティングによって陶器以上の遠赤外線効果が生まれた」と言います。

 

2つの鍋に共通する形状こそが、高野さんの特許技術。「国産車のように、誰でも上手に安全に乗りこなすことができ、一定の走り方ができ、壊れにくい。これをごはん鍋に当てはめたのです」。そう話す高野さんが目指したのは、「アルファ化のサイン」でした。

 

リトマス試験紙のように教えてくれる泡

 

鍋炊飯では、強火か中強火で沸騰したら火を弱めます。このタイミングが難しく、沸騰したかどうかを見るために鍋のふたを開けている人は多いのではないでしょうか。しかし、高野さんは「内部の熱が逃げ、せっかくふたに伝わった熱が逃げてしまうので、炊飯中はふたを絶対に開けないで」と言います。

2つの鍋は沸騰するとふたの取っ手の穴から泡が出始め、次第にぷぅーっぷぅーっと“鼻ちょうちん”のように粘性の大きな泡が膨らみます。これでふたを開けなくても沸騰を知ることができ、火を弱めるタイミングをつかむことができます。

そして、この泡がゆっくりと出続けるように火加減を調整することで、炊飯に最適な温度を保ち、米本来の甘さを引き出したアルファ化を実現。さらに、鍋の泡は火加減を教えてくれるだけでなく、炊飯前の浸水不足やお米の鮮度まで教えてくれます。

「泡はリトマス試験紙のようなもの。浸水時間が足りずに米が水をしっかりと吸っていないと泡は出ません。米の品種にもよりますが、米が劣化していても泡は出にくくなります。良い泡が出るのはおいしく炊ける合図、つまりアルファ化の合図です」(高野さん)

■海外在住者や高地の“別荘族”にも朗報?

 

土鍋はより強く熱が入るためしっとり感があり、アルミ鍋は羽釜に似たようなしゃっきり感がある炊きあがり。そして、アルミ鍋はガスコンロの自動炊飯モードに対応しているため、電気炊飯器のようにスイッチを押すだけで炊飯が可能です。

材質、遠赤外線効果、特許技術の形状によって、たとえ家庭用ガスコンロの弱い火でも沸騰時の鍋のふたの温度は97、98度まで到達。鍋の下面や側面からだけでなく、ふたからも温めることによって、ムラなくごはんが炊きあがります。こうした材質や形状だからこそ、なんと「海外の硬水での炊飯、1000メートルの高地での炊飯もクリア」したそう。硬水で黄みがかったごはんを炊いてしまったことがある人、登山で「めっこ飯(生煮えで芯が残ったごはん)」を炊いてしまったことがある人からは驚きの声が聞こえてきそうです。

 

「アルファ化がしっかりとできれば、『おいしいごはん』がもっと認知されやすくなります。白米を大切にする日本においては、ごはんのおいしさをもっと重視したい」と高野さん。お米は安さが重視されたり、炊飯は手軽さが重視されたり、業務用炊飯では「炊き増え(生米から増える重量)」をいかに増やすかが重視されたりしている一方で、国内での主食用のお米の消費量は近年では毎年8万トンずつ減っているのが現状(農林水産省調べ)。高野さんは2つの炊飯鍋を通して、お米の「おいしさ」を担保することで、日本のお米の価値を底上げしようとしています。

(柏木智帆「マイナビ農業」掲載)