柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

とんかつ屋で魚を食べる

“立ち飲み好き”の育て方」で藤沢の「紺屋」という立ち飲み屋の写真を載せたら、読んでくださった方が「28日で閉店だそうです」教えてくれた。

 

良き店がどんどんなくなってしまう。悲しい。

 

記者時代に新聞社の近くにも素敵な店があった。「とんかつ いわた」。肉を食べられないのになぜとんかつ?と思われるかもしれなけど、この店には日替わりの魚定食があったのだ。私はこの店に行くと、とんかつ屋なのにとんかつを食べずに魚定食を食べた。

 

「いわた」はごはんも味噌汁も漬物もすべてにおいてすばらしかった。味噌汁は「しょっぱい」なんてことはなく、絶妙な味加減。漬物も「甘い」なんてことはなく、薄い塩味。さらに、お店のおばちゃんもお姉さんも優しかった。いやな先輩や上司に打ちのめされたときも、「いわた」のおばちゃんやお姉さんの笑顔、味噌汁の温かさにもいやされた。

 

何よりもすばらしかったのは、多くの場合、魚が姿焼き、姿煮だったこと。つまり、骨がある。「アラの魅力」でも書いたけど、私は骨と骨のスキマにある身をちまちまと食べるのが大好きだ。「いわた」で魚と向き合い、ちまちまと身を食べていると無心になれた。 

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顔の周りや骨の周りの身を箸でちまちま食べるのが好き

ところが、別れは突然やってきた。「とんかつ いわた」が閉店するという。

 

たまらず、私はハガキを書いた。もちろん、店の人は私の顔は知っていても、どこの会社の誰なのか、まったく知らない。でも、「いわた」の魚定食が大好きであること、おばちゃんやお姉さんの笑顔が大好きであること、感謝を込めて伝えずにはいられなかった。

 

すると、まさかの返信のハガキが届いた。返信が来るとは思ってもいなかった。

 

ハガキには、あなたがハガキをくれて嬉しかったこと、あなたが店を愛してくれて嬉しかったことなどが書かれていて、最後に、現在の店の近くで経営者を変えて別の形態のお店をオープンするというようなことが書かれていた。たしかイタリアンだったと思う。

 

ショックだった。しばらくすると、いわたがあった場所の近くにそれっぽい店を見かけた。でも、絶対にその道を通らなかった。イタリアンになった「いわた」を見たくなかった(店名も変わっていたのかもしれないけど)。

 

先日、新聞社の近くを通ったけど、「いわた」がどこにあったのか、あのイタリアンが今もあるのか、まったく分からなくなっていた。いま「いわた」を思い出そうとすると、なぜか料理ではなく、おばちゃんとお姉さんの顔ばかりが浮かぶ。

 

私は単に「いわた」の魚定食が好きだったというよりは、おばちゃんとお姉さんがいるあの空間で食べる魚定食が好きだったのかもしれない。