柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

インド人はカレーとごはんを混ぜるのか

37歳で納豆ごはんがおいしくなった」でも書いたけど、納豆ごはんの納豆をかき混ぜる派とかき混ぜない派がいる。

 

でも、それだけではなかった。納豆とごはんをかき混ぜる派とかき混ぜない派もいることに気づいた。昔から納豆とごはんをかき混ぜない派だったので、納豆とごはんをかき混ぜることに思い至らなかった。

 

そういえば、カレーとごはんも混ぜる派と混ぜない派がいる。私は混ぜない派なのだけど、日本では混ぜる派と混ぜない派はどちらが多いのだろうか。そして、インド人は混ぜる派と混ぜない派のどちらが多いのだろうか。

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10数年前に一人でインドに行った。たしか24歳の頃。いくつかの食堂でカレーを食べたけど、必ずスプーンがついていたのでスプーンでカレーを食べた。もちろんごはんとカレーを混ぜずに。

 

しかし、鮨は手で食べるほうがおいしいように、カレーも手で食べたほうがおいしいのではないかと思っていた。

とは言え、このパラパラとしたごはんとサラサラとしたカレーをどうやって手で食べるというのか。チャパティならばサラサラカレーをどうにかすくったりぬぐったりして食べることができるだろう。でも、このパラパラごはんとサラサラカレーをどうやって食べろというのか。

 

試しにちまちまと手でつまんでみたが、永遠に食事が終わらないような気がした。

 

結局一度もカレーを手で食べることができないまま、数日間滞在したベナレスを離れる日がやってきた。まずはデリーに向かい、翌日には成田空港行きの国際線に乗る。

 

ところが、デリー行きの国内線が欠航になった。周りの客たちはあきらめて帰っていく。しかし私はこの便でデリーに行かねば成田空港行きの国際線に間に合わない。青ざめた。

 

職員に詰め寄るも、焦れば焦るほど職員の英語が聴き取れず、不安で涙がぼろぼろとこぼれた。若かった。

 

すると、他の職員や客たちが集まってきた。ぽんぽんと肩を叩いてなだめてくれる客もいた。インド人は優しい。そして、職員と客に促され、職員が運転する車に数人の客たちと一緒に乗せられた。

 

夕方になり日が落ち始めている中、車は住宅街を走った。一人また一人と客が降ろされていく。客たちはきっと自宅に送り届けてもらっているのだろう。家では家族が待っているのだろうか。そして、夕食はみんなでカレーを食べるのだろうか。私はどこへ行くのだろうか。

 

そして、ついに客は私だけになった。日はすっかり落ちている。もう流れに身を任せるしかなかった。

 

車は細い路地裏で止められ、運転していた職員から降りるように促された。暗い建物の外階段を、運転手の後について登っていく。扉を開けた先は、これまでに行ったインドのどの場所よりも明るく、小さくも立派な部屋が広がっていた。ツヤツヤと光った重厚感のある机の向こうに座っているのは、ふくよかな男性。その背後には世界地図。なんだか不思議な世界に迷い込んだような気分だった。

 

男性は職員と少し会話をしてから、私に再び外へ出るように言った。言われた通りに外階段を降りると、1台の車が止まっていて、運転席と助手席に2人の男性が乗っていた。年齢は私と近いように見える。運転席にいた男性はにっこりと笑うと「乗りなよ」とジェスチャーで促した。

 

普通に考えたら安易に乗って大丈夫なのかと心配になるけど、車に乗るように職員からも促されたので、あのオフィスのような場所にいたふくよかな男性は航空会社のエライ人なんだろうと思うことにして、車に乗り込んだ。

 

彼らは長距離電車の発着駅へ連れて行ってくれた。そこから12時間かけてデリーへ向かえば、成田空港行きの国際線に間に合うらしい。ようやく希望が見えてきた。

 

しかし、電車はまさかの8時間遅れ。さすがインド。彼らは電車に乗るところまで見届けると言ってひたすら一緒に待ち続けてくれた。

 

電車を待っている間に夕食をとることにした。彼らが連れて行ってくれたのはザ・ローカル食堂。これまでに行ったインドのどの場所よりも薄暗かった。そして、これまでにインドで食べたどのカレーよりもサラサラとしていた。これは手で食べる難易度が高そうだ。

 

そこで私は意を決して彼らに質問してみた。カレーをどうやって手で食べるのか、と。

 

すると、運転席にいた彼が、自分の皿にのっていたカレーとごはんを盛大にぐちゃぐちゃとかき混ぜてから、手際良く野球ボール大(以上ソフトボール大以下)にまとめて、大きく開けた口の中へ放り込んだのだ。

 

なるほど。これならささっと手際良く食べられる。早速真似してカレーとごはんを混ぜて、口に入りそうな大きさの球状にまとめてから、大きく開けた口に放り込んだ。口に入れるのがやっとでなぜか味のことをあまり覚えていない。

 

そして、手でカレーとごはんを食べるインド人は例外なくカレーとごはんは混ぜる派であると確信した。そうでなければ食べられない。

 

飛行機にはなんとか間に合った。その後、サラサラカレーとパラパラごはんを手で食べるインド人に出会う機会がないのだが、果たして彼らの食べ方はインドでポピュラーなのだろうか。日本人の納豆ごはんやたまごかけごはんは人によって流儀がさまざまなように、インド人のカレーも実は流儀がさまざまなのではないだろうか。いつか確かめに再訪したい。

 

ちなみにカレーとごはんを混ぜて食べざるを得ない時は、それを一口食べるごとに白ごはんを挟みたい。つまり、カレーごはんをおかずに白ごはんを食べる。結局は白ごはんをそのまま食べられれば、混ぜても混ぜなくてもどっちでもいいのかもしれない。

37歳で納豆ごはんがおいしくなった

かつてはぶっかけ飯が苦手だった。

 

白ごはんを汚したくないという思いが強すぎて、丼ものを避け、たまごかけごはんや納豆ごはんなども食べなかった。

 

蕎麦屋で玉子丼を食べるときに店の人にお願いして、ごはんと具を別々にしてもらっていたこともある。我ながら嫌な客だ。

 

ちなみに、たまごかけごはんを食べていなかったのは、子どもの頃はアレルギーで生卵が食べられなかったという事情もある。大人になってから食べられるようになったのでたまごかけごはん歴は実はとても短い。

 

そして、ごはんに納豆をかける納豆ごはんは食べなかったけど、ごはんに納豆をかけない納豆ごはんは食べていた。つまり、おかずを食べてからごはんを食べて口中調味するように、納豆を食べてからごはんを食べる。さらに、納豆をかき混ぜると箸が汚れるのでかき混ぜない。大粒納豆を好み、納豆の粒感を楽しむ。

 

完全に自分基準で白ごはんの美にとどまらず食卓の美を追求していたので、納豆をパックのまま食卓に置くのは言語道断。必ず器に移して食べていて、これは今でも変わらない。

 

しかし、年齢とともにこだわりがゆるやかになってきたためか、数年前から丼ものやたまごかけごはんや納豆ごはんなどのぶっかけ飯を食べるようになった。

 

それでも汁だくは苦手で、たまごかけごはんは卵液に浸食されない白ごはんの部分をキープしながら食べる。納豆ごはんはあくまでごはんの上に納豆をのせるだけで、決してごはんと納豆を混ぜたりしない。納豆をごはんにかけるようになったことで、これまで食べていた大粒よりも、米粒と馴染みのいい小粒や中粒を食べるようになった。

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先日、故・渡辺淳一氏のエッセイ「これを食べなきゃ わたしの食物史」を読んだ。

 

そこにはこんなふうに書かれている。

「不満なのは、納豆についているタレである。(略)概してどれも甘すぎる。あんなものを付けるくらいなら醤油のほうがはるかにいい。あれほどタレが甘くては、納豆本来の風味が損なわれてしまう。」

「それにしても不思議なのは、朝の納豆は旨いのに、昼から夜になるにつれて、次第に精彩を失うことである。といっても、納豆の味そのものが、そう変わるはずはないから、納豆はやはり朝飯に似合う、ということになる」

 

読みながら、そうだそうだ!と心の中で叫んだ。

私は付属のタレをいつも捨ててしまう。納豆ごはんにはシンプルな醤油が一番だと思う。

そして、納豆ごはんは朝食以外に食べようとは思わない。一時期、テレビや雑誌で「納豆は朝よりも夜に食べたほうが健康に良い」などと言われていたようだけど、たとえそれが本当だとしても健康のためにわざわざ納豆ごはんを夜に食べようとは思わない。晩酌の締めにたまごかけごはんを好んで食べていた時はあったけど、締めに納豆ごはんを食べたくなることはこの先もないように思う。

 

渡辺淳一氏はさらにこんなふうに書いていた。

 

「(父は納豆を)箸で掻きまぜ、大量の糸を引くようになったところで醤油をかける。この初めに充分掻きまぜるのが、納豆を美味しく食べるコツで、父の大きな手で掻きまぜられると、いかにも美味しそうに見えたものである。」

 

文章を読むだけでも、かき混ぜた納豆がおいしそうに感じられる。

食通で知られる北大路魯山人が400回以上も納豆をかき混ぜていたらしいという話は知っていたし、納豆好き人口のうち納豆をかき混ぜる派はおそらく8割超ではないだろうかと思っていたけど、どうしてもかき混ぜた納豆の見た目が好きになれなかった。

 

でも、これほどまでに納豆感覚が近い渡辺淳一氏が言うならばかき混ぜてみようかな…と思い始め、早速かき混ぜてみた。箸が汚れるのは嫌なので、別の箸を使って。

 

食べてみると、見た目はともかく、食べ心地は悪くなかった。糸が泡のようにふわふわと引いた納豆は旨味をより感じられた。

 

長年のこだわりを壊してみると、新たなおいしさに出会えることもある。柔軟であることの大切さを納豆ごはんに教えてもらった。

皺々で色あせたグリンピースのごはん

初めてグリンピースごはんを食べたのは小学生の頃。家庭科の授業の調理実習だった。

 

その少し前に読んだ漫画の中で「グリンピースごはんが嫌い」な登場人物がいたので、きっとグリンピースごはんはピーマンみたいにおいしくないんだろうと思っていた。ピーマンと同じ緑色というだけで警戒していた。

 

ところが、食べてみるととてもおいしい。薄緑色で皺々としたグリンピースが入ったごはんは、グリンピースの風味と塩気が感じられ、おかずがなくてもグリンピースごはんだけでぱくぱく食べられた。

 

大人になると、グリンピースごはんの作り方は大きく分けて二つの選択肢があることを知った。一つは、調理実習の時と同じようにお米とグリンピースを一緒に炊く方法。もう一つは、グリンピースを塩茹でしておいて、炊き上がったごはんに混ぜ込む方法。

前者はグリンピースの風味が感じられるが、グリンピースは皺々になり鮮やかな緑色は色あせてしまう。

後者はグリンピースの風味が薄くなるが、グリンピースの見た目はツヤツヤぷりぷりとして鮮やかな発色になる。

 

先日、地元のグリンピースを購入してグリンピースごはんを作ってみた。悩みに悩み、2つの調理法の折衷案に落ち着いた。具体的に言うと、塩茹でしたグリンピースの茹で汁を冷ましてお米の炊飯水の一部に使い、ごはんが炊き上がってからグリンピースを混ぜ込んだ。

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それでもやはりグリンピースの風味が弱かった。でも、それだけではない。一番の残念な点は、グリンピースがツヤツヤぷりぷりで色鮮やかなことだった。

 

私にとってのおいしそうなグリンピースごはんは、ツヤツヤぷりぷりで鮮やかなグリンピースではなかった。心が踊らなかった。私は皺々で色あせたグリンピースのごはんにおいしそうだと感じていたのだと気付いた。

 

皺々で色あせたグリンピースのごはんを食べると、小学生の頃の調理実習で作ったグリンピースごはんを思い出す。

三角巾とエプロンをつけて、微妙な匂いの家庭科室で、班のみんなで不慣れな手つきで文化鍋で炊いたグリンピースごはん。

なぜあんなにおいしく感じたのだろう。ガスを使って文化鍋で炊いたからなのか、炊きむらがひどすぎた給食のごはんが学校飯のデフォルトだったからなのか。それもあるけど、自分たちで米を測り、米を研ぎ、水を測り、火加減を見ながら炊いたことによって、おいしさ度数がぐんと上がったのだと思う。

 

子どもたちにお米のおいしさを知ってもらうためにはお米を食べる機会を増やすことだけでなく、自分で米を測り、米を研ぎ、水を測り、火で炊くという経験がとても重要だと感じる。

 

以前に静岡県の安東米店というおもしろい米屋さんが「炊飯器の中はブラックボックス」と言っていた。つまり、炊飯器の中で何が起こっているかわからない。スイッチオンでピーピー鳴ったら炊けている。

 

炊飯器は便利で炊き上がりが安定するけど、自分で米を炊いた実感を得られづらい。多少焦げても、水加減を間違えても、火を使ってアナログに炊き続けていくと、おいしく炊けた時の感動はスイッチオンの数倍になる。

素麺をおかずにごはんを食べる

夏場になると大量の素麺をいただくことがある。すると、「素麺がたくさんあるから昼食は素麺にするか」となりがちだ。

 

もしもその家庭が朝はパン派だとしたら、昼に素麺を食べると、朝も昼も小麦食になる。もしも夕食にパスタやラーメンを食べたら1日に1度もお米を食べないことになる。

 

「素麺が食べたいから素麺にする」ならば何も言えないけど、「素麺があるから素麺でいいか」となってしまうことで、お米を食べる頻度が減ってしまうのはちょっと残念。

 

ならば、素麺を主食にするのではなく、素麺をおかずにすればいいじゃないか!と、ひらめいた。

 

これまで「素麺おかず」は素麺チャンプルーしか作ったことがなかったけど、実は瀬戸内海沿岸地域などの郷土料理「鯛素麺」をおかずに白ごはんを食べてみたい…と以前から常々思っていた。わが家は夫がベジタリアンなこともあり、茄子と油揚げで素麺を煮て「茄子素麺」を作ってみた。

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これがすこぶるおいしかった。なぜ私はこれまで素麺を素麺のまま食べることしか知らなかったのか。そう悔やむほどおいしかった。

 

たしかに暑い夏はつるつるとした麺類が食べたくなる。私も昨年の夏は昼食に素麺を作って食べる日もあったけど、やはりお米がないとお腹が落ち着かず、素麺におむすびを添えていた。この場合、素麺がメインでおむすびは付け合わせの立ち位置だ。

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でも、「素麺おかず」はあくまでもお米が主食になる。〝つるつる欲求〟も満たされる。

暑くて食欲がわかない時に無理やり白ごはんを食べようとは言わないけど、この「素麺おかず」をつるつると食べれば、自然と白ごはんが欲しくなるに違いない。

 

ごはんは夏の主食の座を素麺に奪われがちだったけど、素麺をおかずにするだけでごはんが主食の座をキープできる。素麺、なんていいやつなんだろう。

夫にとっての飴

以前にあるお宅でミネストローネをすすめられた。肉と乳製品が食べられないので、こういう時はドキッとする。

 

高い確率でベーコンが入っているだろうと思い、「肉が食べられないので…」とやんわりとお断りすると、ベーコンは入っていないから大丈夫よとおっしゃる。それでもまだ安心できず、おそらく乳製品はミネストローネに入っていないだろうと思いつつも、念のため乳製品もダメだと伝えた。

 

すると、マーガリンは大丈夫かと聞かれたので、マーガリンもダメです、と答えた。乳製品や肉でなくても、マーガリンや擬製肉(大豆)は味が乳っぽかったり肉っぽいので苦手だ。

 

そんなやりとりをした後に目の前に置かれたミネストローネ。スプーンですくって口元に近づけると、ほんのりとマーガリンのような匂いがしたのでスプーンを止めた。スプーンでさっとかき混ぜると、まだ溶け切れていないマーガリンの塊が出てきた。同時に、一緒にいた女性が耳元でこそっと「どうせ気づかないだろうから入れちゃえってキッチンで言ってました。無理して食べなくていいですよ」と教えてくれた。衝撃を受けた。

 

おそらくミネストローネにマーガリンを入れた人は、食べ物の好き嫌いがあまりないのかもしれない。「何でも食べないとダメよ!」と言う人は、食べ物の好き嫌いがなく、悪意なく、そう言う(場合が多い)。

食べ物の好き嫌いがなぜワガママに見られたり軽んじられてしまったりするのか、ふに落ちない。味覚の感じ方は人それぞれだし育った環境も人それぞれなのだから、すべての人があらゆるものを食べられるわけではないと思う。そして食べ物の好き嫌いをフードロスや貧困問題に結び付けて非難する人もいるけど、そこは分けて考えることだろう。

 

他人の食べ物の好き嫌いを理解しているつもりでも、理解しきれないところはある。でもそれは批判することではなく、他人の食べ物の好き嫌いを尊重しようとする気持ちが大事なのだと思う。

幸いにして、夫と私は似たような食嗜好があるため、相手の食のこだわりへの尊重や理解が自然とお互いにできている。

 

でも、1つだけ、夫にこの辛さが伝わってるかなあと思うことがあった。

 

私は日本酒が大好きで、以前は毎日晩酌していた。しかし、妊娠発覚から禁酒し、産後も授乳のため今もなお禁酒が続いている。もう1年5ヶ月もお酒を飲んでいない。ノンアルコールのヴェリタスブロイというビールを箱買いしてたまに飲んでいるけど、物足りない。

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しかし、お酒を飲んで酔ったときのだるさが嫌いな夫は「ヴェリタスブロイおいしい。むしろビールよりもこれがいい」と言う。そんなわけで、私がお酒を飲めないことに対して夫は「お酒好きだから辛いよね」と言ってくれていたけど、本当に辛いことがいまいち伝わっていないようにも感じていた。もちろん理解しろとは言わないけど、あまりにも辛いので知ってほしい気持ちになってしまった。

 

夫はお酒はそこまで好きではないが、アイスやチョコや饅頭など甘いものが大好きだ。

しかし、夫曰く「甘いものが食べたい時に『飴しかない』と言われたら『飴はいいや』って断る」らしい。

「飴は甘いのになんでダメなの?」と聞くと、「『飴は甘いじゃないか』と言うのは『甘いものほしい時は砂糖を舐めればいいじゃん』と言っているのと同じ」だそうだ。

 

そこで、「お酒が飲めずにノンアルコールビールしか飲めない状況は、甘いものが飴しか舐められない状況のようなものだ」と伝えると、「それは辛い…!飴だけは辛すぎるだろう…!」と相当なダメージを感じていた。

 

夫にとっての飴の存在のどうでも良さを知り、飴に同情しながらも、ようやくお酒を飲めない辛さが伝わったことに満足した。

移動しながら食べるおいしさ

機内食が好きだ。特別おいしいとは思わないけど、移動しながら食べることがなんとなく楽しい。偏食なので機内食はいつもジャイナ教ベジタリアンミール。喜んで食べているけど、普段の生活ではわざわざ食べようと思わない。

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家族で遠出する時に夫が運転する車の中でおむすびを食べるのも楽しい。出張帰りの新幹線の中で一人で鯖棒鮨を食べながら日本酒を飲むのも楽しい。この高揚感は食堂車のそれとは種類が違う。あくまで座席で食べるのがポイントのような気がする。

 

とは言え、普通の在来線でおむすびやパンを食べるのは美しくないなあと感じる。その線引きはどこなのだろう。思うに、向かいに知らない人が座る可能性があるか否かではないだろうか。

乗客がそろって進行方向に座る特急や新幹線はセーフ、普通の在来線はアウト。在来線でもガラガラに空いていたらセーフ。在来線のグリーン車は進行方向に座るからセーフ。だからこそ、新幹線に乗っているときに通路を挟んだ隣の席に突如ボックス席が出現すると、落ち着かない気持ちになる。4人以上のグループが乗ってくると、どうかボックス席にしませんようにと祈っている。

 

15年ほど前、インドで三段ベッドの寝台列車に乗った時、朝起きるとベッド下のボックス席でインド人家族がカレーの匂いのする何かを食べていた(薄暗くて寝ぼけていて覚えていないがカレーの匂いがした)。異文化であることと長距離の寝台列車という特殊感によって、知らない人と向かい合っていても違和感を覚えるどころか、とても楽しそうでおいしそうでうらやましく眺めていた。

 

移動中の1人の食事も楽しいけど、こうして家族で食事をしている人たちを見ると、昔を思い出して郷愁にかられる。

 

子どもの頃、信州出身の母の実家へ家族で遊びに行く時、上野駅で買った駅弁を新幹線のボックス席で食べた。上野駅発の「特急あさま」。当時はボックス席にしている人が多かったように思う。今はボックス席を見る機会が少ないのはなぜだろう。4人グループが少ないのか、グループでも移動中は自分の時間を大切にしたいからなのか、はたまた私のような神経質な人がいるからだろうか。

駅弁を食べ終わった後、しばらく走ると「峠の釜飯」で有名だった横川駅に到着する。スイッチバックのために何分か停車する間に、母からもらった小銭を握りしめて駅のホームのそば屋へ走る。同じようにそば屋へ押し寄せる大人たちに紛れ、発泡スチロール容器に入ったかけそばを買い、そばつゆをこぼさないように気をつけながら早歩きで特急あさまに戻る。横川駅を出発するころには車内にはそばつゆの香りがたちこめ、そこかしこでそばをすする音が聞こえる。このそばが本当においしかった。

 

今でも立ち食いそばを見ると、あの時のそばつゆの香りと、立ち上る湯気で顔を湿らせながらはふはふ言いながら食べた濃いめの味をおぼろげに思い出す。でも、やはりあの味とはどこか違うような気がしてしまう。容器が発泡スチロールじゃないからかなあとも思ったけど、やはり移動しながらというのが大きなポイントなのだと思う。

 

在来線の特急あさまは私が中学3年生の時に長野新幹線の開通によって廃止となった。新幹線はあまりにも早く到着するのでゆっくりと駅弁を食べられる時間はなくなり、横川駅にも停車しなくなった。

 

今では立ち食いそばを食べながら移動できる寛容な電車はどこにもない。自分も含めて社会の寛容さも減ったのかもしれない。あのかけそばを超える駅そばにはもう出会えないような気がする。

娘がピーマンと出会う日は

独身時代、栄養士・幕内秀夫さんの著書「なぜ子どもはピーマンが嫌いなのか?」(西日本新聞社)を読んでナルホドと思った。

 

簡単に言うと、子どもは「緑色」「においが強い」「苦い」野菜を本能的に避けるのだという。緑は未成熟の信号、強いにおいは腐敗の信号、苦さは毒の信号という説明に納得。たしかに未成熟の野菜は鳥も食べないし、子どもはコーヒーやビールを本能的に嫌うし、山菜や薬味を好きな子どもは珍しい。

 

そして、子どもは生きていくうえで何が必要かを分かっているから、甘くてにおいが少ないものを好む。つまり、母乳、ごはん(お米)、芋類やかぼちゃなどだという。

 

結婚してムスメが生まれ、ムスメの離乳食が始まってからは、この本に書かれていることを目の当たりにしている。

 

ムスメはそもそも母乳ばかり飲んでいて、なかなか離乳食を食べようとしない。

初めて口にするものは必ず顔をしかめるが、ごはんとかぼちゃだけは顔をしかめなかった。

最初は顔をしかめたものの食べるようになったのは、じゃがいも、たまねぎ、にんじん、しらす、豆腐。

キャベツ、アスパラガスはにおいが少ないし苦みも少ないから食べられるかなと思って何回かあげてみたけど、やはり嫌がった。この様子だと、緑でにおいが強くて苦いピーマンは絶対に食べるはずがない。だから、やはりピーマンを食べてもらおうなんて思わないし、食べなくても問題だと思わない。

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幕内さんが言うように、子どもは生きていくうえで何が必要か知っている。

茹でて刻んでごはんに紛れ込んだアスパラガス。ほんの少量だというのに、察知して拒否するムスメの味覚の鋭敏さと本能的な判断に感動すら覚えた。

 

いつかムスメがピーマンをおいしいと食べるようになる時は、この苦みの魅力が分かるようになったんだなあ…とちょっぴり寂しい気持ちになりそうだ。

 

ちなみに私のピーマンデビューはたしか小学校低学年くらいの時。それまでは大嫌いだったが、母の友人のカジマさんの家庭菜園でピーマンを収穫させてもらい、カジマさんに促されるままにその場でかじったら意外にも食べられた。

おそらく、畑の茎や葉からぷんぷん放たれる青臭さに鼻が慣れ、ピーマンが成っている様子を見た上で自分で収穫したことによってピーマンが何者であるかが分かった気になり、さらに自分で収穫したのだからおいしいに決まっているというセルフマインドコントロールがあったりしたのだと思う。

 

子どもの野菜嫌い克服のために、子どもがわからないように肉に混ぜ込んだり、マヨネーズやケチャップなど調味料の味の濃さでごまかしたりするレシピを目にするけど、騙して食べさせても野菜嫌い克服につながるどころか、私が子どもだったら騙されて食べさせられたことで不信感がわいてしまうと思う。ママの作った料理は何が入っているか分からないからこわい…と思われたら悲しすぎる。

 

ムスメが歩けるようになったらお父ちゃんの家庭菜園で野菜を観察したりお世話したり収穫したりして、あとは娘の感性に任せよう。

こんなふうに気楽に構えられるのも、娘がお米はなんとか食べてくれているからだと思う。甘くて、においが少なくて、たくさん食べてもくどくなくて、毎日食べても飽きない。お米はやはり万能だなあと、ムスメの離乳食を見てもなお思うのだった。