柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

割れたお米はベチャベチャになる?

巨大胚芽米は玄米専用米である。なぜならば、精米すると胚芽がポロリと取れてしまって巨大胚芽の意味がないから。

さらに、「胚芽が剥離した部分からデンプンが溶解してベチャ飯になる」という話も耳にした。本当にそうなのか、実験してみた。

使ったのは、巨大胚芽米「カミアカリ」。家庭用精米機で精米してみたところ、胚芽が取れて小粒な仕上がりに。

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炊いて食べてみたところ、予想に反して、ベチャベチャしなかった。ただ小さい細かいお米を食べているという舌触り。

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一方で、「胴割れ米、破砕米は食感が悪い」という話も耳にする。実際に、胴割れと破砕が多いお米を炊いて食べると、ベタベタにちゃにちゃとした食感になりがちだ。

ということは、胴割れそのもの、破砕そのものが、ベチャベチャ、ベタベタ、にちゃにちゃとした食感を生み出しているというよりは、胴割れや破砕を生じさせている米質そのものが、ベチャベチャ、ベタベタ、にちゃにちゃとした食感につながっているのではないだろうか?という仮説を持ったのだが、どうなんだろう。

浄水で炊いたごはんはおいしいのか

ブリタの浄水器を愛用している。飲み水は水道水に比べると明らかにクリアだ。

ならば浄水で炊いたごはんも水道水で炊いたごはんよりもクリアな食味になるのだろうか?

というわけで検証してみた。

いずれも冷蔵庫にて長時間浸漬した後、炊飯器の早炊きモードで炊いた。
炊き立ての香りは違いが分からず、味も違いが分かりづらい。加熱すると違いはさほどないのか?と思ったが、30分ほど保温すると水道水炊飯のごはんには若干の雑味が感じられるようになり、やはり浄水炊飯のほうがクリアだと感じた(雑味の一言でまとめて良いのかわからないけど、水道水炊飯のごはんには表現が難しい風味を感じた)。
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とは言え、今の住まいの水道水は普通においしい。以前に某県某市に住んでいた時はあまりにも水がまずくて水が飲めなくなった。トラウマでしばらく市販のミネラルウォーターやナチュラルウォーターさえも飲めなくなり炭酸水しか飲めなくなった時期があった。というわけで、水道水と浄水の差異は地域によって違うと思う。

水がそれなりにおいしい地域に住んでいることに気づかされ、日々の水の恵みに感謝の念を抱く実験となった。

炭酸水でごはんを炊く・その3

炭酸水炊飯はおいしいというweb記事がいくつもあるので、本当にそうなのかどうか、2年ほど前に何度か試してみた(「炭酸水でごはんを炊く」「炭酸水でごはんを炊く・その2」)。

 

ただ、正しい炭酸水炊飯の方法がわからず、洗米から炭酸を使ってみたところイマイチだった。そこで、久々に炭酸水炊飯をやってみた。

炭酸水との炊き比べのために使った浄水は水道水を濾過したもの。硬度30mg/Lほど。

前回は浄水ではなくサントリー天然水を使ったのだけど、今回は硬度を見てみると10〜80mg/Lという表記に変わっていて、幅がありすぎてわからないのでやめた。

 

そして炭酸水は、ソーダストリームを使えば硬度を変えずに炭酸水を作ることができそうだが、普段炭酸水を飲むことが多くないので数年前の引っ越し時に手放してしまった。

というわけで炭酸水は、サントリー天然水スパークリングを使うことにした。しかし、同じ商品でもあるボトルは南アルプス採水で硬度20〜30mg/Lと表記されていて、あるボトルは奥大山採水で硬度20〜30mg/Lと表記されている。

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できれば浄水に合わせて30mg/Lを使いたい。カッコ書きで奥大山は20mg/Lと書かれ、南アルプスは30mg/Lと書かれていてよくわからないけど、南アルプス採水のボトルを使ってみた。

そして、水温による違いが出ないように、事前に浄水も炭酸水も冷蔵庫で冷やして温度を一定にした。

まずは、浄水炊飯と炭酸水炊飯の両方のお米を冷蔵庫で長時間浸漬させた後に、炭酸水炊飯のほうだけ浸漬水を捨てて炭酸水を加えて炊飯器の早炊きモードで炊飯した。すると、炭酸水炊飯のほうだけごはん粒の表面が溶けているような舌触りだった。

翌日、浄水炊飯と炭酸水炊飯のお米をそれぞれ浄水で洗った後に、炭酸水炊飯のほうは炭酸水で浸漬。15分後に炊飯器の普通炊飯モードで炊いた。

 

蓋を開けると炭酸水炊飯のほうがツヤがある。やはり炊き立ては炭酸水炊飯のごはん粒は表面が溶けているように感じた。30分ほど保温してみると、浄水炊飯のほうが弾力があるように感じた。

2年前に炭酸水で洗米した時にシュワシュワと反応して白い塊が炊飯器の蓋にたくさん付着したことを思うと、酸で溶けているのでは…と思うのだけど、どうなんだろう。わざわざ炭酸水を使って炊飯するメリットをどうしても感じない。それとも私の炊飯方法が間違っているのだろうか。実験はゆるやかに続く。

ごはんおかわりロボ

「ブランド米開発競争」(熊野孝文著・中央公論新社)に株式会社プレナス が運営する「やよい軒」はお米にこだわり、仕入れるお米は一般的な検査以外に保水膜の検査まで行う、と書いてあったので、プレナス の本部に味度メーターを導入してるのか、すごい!と思って10年以上ぶりに食べに行ってみた。

白米だけど胚芽がついている。パンフレットに「金芽米」と書いてあるのを見てようやく気付いた。味度メーターを開発した東洋ライスのお米であるということに。

 

以前に味度メーターの取材で東洋ライスにおじゃましたときにランチでほっともっとのお弁当をいただいた。それも金芽米だった。プレナス はほっともっともやよい軒も運営している。おそらく本部で味度メーターを使っているのではなく、東洋ライスにて味度メーターを使って保水膜の厚さを調べて基準にクリアして金芽米になれたお米を使っているということなのでは。

1人で盛り上がったのは「ごはんおかわりロボ」。

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ごはんおかわり自由と知って喜んでおかわりを取りに行ったらジャー的なものがない。

しばらく探してようやくドリンクバー的なものがごはんおかわりバー的なものだと気づいた。

 

興奮が抑えきれず、店員さんに「写真撮っていいですか?」「これすごいですね!」と言ったら「コロナ禍で導入しました」と教えてくださりナルホド。

ごはんの量を選ぶことができ、なんと「一口」も選べるのがすごい。そして驚いたのは、人間がしゃもじでごはんをよそうよりもふうわりと茶碗におさまる(ごはんをよそうというかごはんが落ちてくる)。

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ごはんがガチャリと落ちてくるのは味気ないという人もいるかもしれないし、そう思わないでもないけど、おかわりロボのよそり方はうまい。

 

ホテルの朝食バイキングなどおかわり自由の時は、ジャーの中のごはんがアイスクリームのようにそぎとられているのか嫌で、自分のぶんをよそった後にジャーの中のごはんをほぐしたりしてしまうけど、ごはんおかわりロボならばごはんのよそりかたでおいしさが変わってしまう心配もない。

 

炊飯後どれくらい経ったごはんを提供時間の上限にしているのか、そもそも中の仕組みはどうなっているのか、いろいろ興味深い。

悔やまれるのは午前10時50分に入店したのに、朝定食の鮭定食ではなく、普通の鮭定食にしてしまったこと。朝定食のほうが焼き海苔がついてた(しかも安い)。またごはんおかわりロボのボタンを押しに行きたい。

おべんとうばこの歌・その2

以前に書いた「おべんとうばこの歌」で、「♪おむすびおむすびちょいと詰めて」が「♪サンドイッチサンドイッチちょいと詰めて」に変わっているという衝撃の事態について書いた。

「♪刻み生姜にごま塩かけて」の部分は、「♪からしバターにマヨネーズ塗って」に変わっているとのことだったが、先日このことを取り上げていたテレビ番組(NHK総合「所さん!大変ですよ)では、「♪からしバターに粉チーズふって」になっていた。

 

「♪筋の通ったふーき」が「♪筋の通ったベーコン」になっているのは同じだったが、そもそも筋の通ったベーコンって何だ。ベーコンの作り方を調べてみると、筋切りという工程がある。筋の通ったベーコンはそもそもおいしくないんじゃないだろうか。

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番組ではこの改変の理由について、「刻み生姜」や「ふき」が「馴染みのない食材だからだそうだ」と紹介していた。

われわれが子どもの頃は「おべんとうばこの歌」を喜んで歌っていたし、刻み生姜もふきも「そういう食べ物があるんだなあ」くらいに思っていたはず。そして、成長していずれは歌詞と食材が結びつく。

そもそも子どもの「馴染みある食べもの」を作り上げているのは大人だ。大人がサンドイッチやベーコンを与えていればサンドイッチやベーコンが馴染みある食べものになる。

たしかに刻み生姜は刺激があり、ふきは香りが強い。苦手な子のほうが圧倒的だと思う。だからと言って、歌詞をまるごと変えてまで、子どもを取り巻く世界のすべてを子どもの「馴染みあるもの」にすべきなのだろうか。馴染まないものを知る機会を奪ってしまうのはあまりにつまらない。

 

番組では、他にも「♪ハンバーグにエビフライ/ミートボール/やきにく/ケチャップかかったスパゲティ/とても甘いメロン」という歌詞も紹介していた(どのメロディーに当てはまるのかわからなかったが、おそらく「♪刻み生姜に」以降の歌詞か)。

スーパーヘビーで大人でも胃もたれしそうな組み合わせだが、どこかで見たことがあるなあと思ったら「お子様ランチ」だった。

 

お子様ランチを作っているのは大人だ。「子どもが喜ぶから」という理由はあまりにも子どもの味覚や健康、食文化を無視した刹那的で無責任な言葉だと思う。

 

改変した「おべんとうばこの歌」を大人が子どもに教えている状況下で、「食育」という言葉はあまりにも薄っぺらい。今では「食育」は「なんとなく良さそうな雰囲気を醸し出す便利な言葉」として使い倒され、名ばかり食育が蔓延しているように思う。

食いしん坊は食いしん坊

飲食店のメニューを見るのが好きだ。

一人で定食屋や立ち飲み屋に入ると、注文前にメニューを見るのは当たり前だが、注文した後もひたすらメニューを見続ける。

一人でふらりとお酒を飲むために入った店ではメニューを肴にお酒が飲める。

そして、他人が注文するもの、一緒に行った人が注文するものをやたらと覚えている。

ブリア・サヴァランではないが、どんなものを食べるかはどんな人であるかに通じていると思っている。

 

そして、食品スーパーが好きだ。日頃近所のスーパーで買い物するだけで楽しい。たまに都内の高級スーパーへ行くと心が弾む。特に好きなナショナル麻布、明治屋、紀ノ国屋は隅から隅まで見て回る。

 

こうした癖を知っている学生時代の恩師は、飲食店では注文前だけでなく注文後にも「はい、柏木さん」とメニューを渡してくださる。特に旬の食材をふんだんに使ったメニューがある店は何度行ってもメニューが楽しい。

 

そして、恩師とお会いする際に待ち合わせると「また食べものを見ていたんだろう」と言い当てられる。恩師が言う通り、待ち合わせ場所が百貨店の入口の時は早めに着いてデパ地下を物色してから行き、駅のときは駅近くや駅ビルのスーパーを物色してから行く。

とは言え、あれもこれも買わない。見ているだけで楽しく、基本的に食に対して保守的なので、必要なものしか買わない。さんざん物色しておいて、買ったものが胡麻だけとかはザラで、何も買わない時もある。迷惑な客だろうか。

 

この癖は今に始まったことではなく、高校時代は休日に幼なじみの友人と遊ぶと、百貨店のデパ地下を巡るだけで1日が終わっていた。スイーツを実演する様子をガラス越しに延々と眺めていたり、数時間にわたるおしゃべりの内容が9割以上は食べ物のことだったり。そしてさんざん歩き回ったわりには買うものが少なかった。高校生は大人よりも予算に限りがあるので吟味しすぎて結局選びきれないことが多かった。

この友人とは東京ビッグサイトで開かれていた食にまつわる展示会にも物色に行っていた。ただの高校生がバイヤーに混ざって出店者に質問したり試食したりサンプルをいただいたり。今思い返すと迷惑な客だなぁと思う(客ですらないけど)。

 

ここ最近は育児と授乳と新型コロナによってお酒を飲めないどころか外食も行けない状況で、仕事もリモートが多く都内にも行けない状況で、今となってはなぜあの頃はあんなに食べ物の話ばかりしていたんだろう‥とさえ思う。

 

ところが先日、SNSで見た卵黄と塩だけのたまごかけごはんを作ってみた後に、そのたまごかけごはんの味の感想、使った卵と塩についての考察、次回作るときの卵と塩の課題についてしゃべり続け、夫から「本当に食べることが好きだよね」と半ばあきれたように言われて、ハッとした。

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飲食店やスーパーや展示会など食が集まる場に行けなくても、食いしん坊は食いしん坊のままらしい。たしかに、日頃のごはん作りもめんどくさいと思ったことが一度もない。食べたいもののために料理することが苦にならず、むしろ食べたいものが食べられないほうがつらい。食べたいものがあれば多少の手間はいとわない。

思い返すと娘の出産時も、切迫早産で退院後に出産予定日までまだ1ヶ月もあるというある晩、急に草餅を作り始めた。絶対安静と言われていたのに。草餅は夜遅くに完成し、翌日の早朝に破水した。この時ばかりは自分の食いしん坊を深く反省した。

 

今でもごはんを食べようとした瞬間に娘が昼寝から起きたり、ごはんを食べようとした瞬間に娘がおっぱいを欲しがったりすると、がっかりしてしまう。記者時代にごはんを食べようとした瞬間に事件発生で現場に急行せざるを得なかったことを思い出す。できるだけ娘ファーストで行動していこうと思っているのだけど、やはり食いしん坊にはかなわない。

春のごはん祭り

3月に川べりでふきのとうを摘んで「ふきみそ」を作り、5月にご近所から葉わさびをいただいて「葉わさびの醤油漬け」を作り、スーパーで木の芽を買って「木の芽の佃煮」を作り、お世話になっている料理人から行者にんにくをいただいて「行者にんにく味噌」を作った。すばらしいごはんのおともの数々。

 

そして、4月におばさまからたけのこをいただいて「たけのこごはん」を作り、5月に山であぶらっぽ(こしあぶら)を採って「あぶらっぽ(こしあぶら)ごはん」を作り、スーパーでうこぎを買って「うこぎごはん」を作り、山でたらのめを採って「たらのめごはん」を作った。すばらしい炊き込みごはんや混ぜごはんの数々。

 

春ほどすばらしいごはんのおともやごはんの楽しみ方が充実する季節があるだろうか。秋も栗ごはんや松茸ごはんやきのこごはんなどなかなかやるが、個人的な嗜好で言えばやはり春には勝てないように思う。

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とは言え、秋は新米。一方で春はお米が劣化し始めやすい季節。もちろんお米の質によって違うけど、やはり季節の移ろいとともに味は落ちがちだ。

 

ごはんがおいしくなければせっかくのごはんのおともの威力が発揮されないし、炊き込みごはんや混ぜごはんも同様だと思っていた。まずはおいしいごはんがあってこそ。

 

しかし、現実的には春は味が劣化し始めるお米が多発する季節でもある。

 

ところが、春のごはんのおともや混ぜごはんの具は香りが強いので、わずかな古米臭であればマスキングできる。山菜の芳香の強さはまさかこのためでは…とさえ思う(違うと思うけど)。

 

ちなみに炊き込みごはんは調味料を一緒に炊き込むので、具の芳香に関係なく古米臭をマスキングしやすい万能ごはんだ(しかも劣化し始めて粘りが薄くなるので具によってはごはんと混ざりやすく、米離れが良く好みだと言う人もいそう)。

 

できれば劣化していないお米でごはんのおともや混ぜごはんや炊き込みごはんを楽しみたいが、玄米低温保管であっても季節の移ろいとともに実際に劣化してしまったお米をどう楽しむかという知恵も必要だ。できれば劣化したいないお米を食べたいけど。

 

「春のパン祭り」に対抗して、「春のごはん祭り」を開きたい。