柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

おやつもお米を食べよう運動・その1

9月10日の中秋の名月、3歳の娘と一緒にお月見団子を作った。

使ったのは、スーパーで売っている「だんご粉」。パッケージを見ると「うるち60%、もち40%」と書いてあった。うるち米を低アミロース品種にしたらこの配合割合は変わるのか興味深い。

娘はきっと団子の大きさがバラバラになったり、うまく丸が作れなかったりするのかなと思っていたら、意外に大きさがほぼ均一で丸が作れていた。しかも私よりも早い。

1年前の娘はそもそもこういう手作業にまったく興味を示さなかったことを思うと感慨深い。

お団子が蒸し上がると、娘が「たべたい」と言うのでまだ月が出ていないうちにお月見。月より団子。

娘は団子をたいそう気に入り、翌日の昼過ぎまでには300gのだんご粉で作った団子の多くが娘のお腹に消えた。

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「もっと」と言うので、だんご粉との食感の違いを確かめるために買ってあった上新粉(うるち100%)を100gだけ使って早急に団子をこしらえると、あっという間に団子が消えた。

このうるち米も低アミロース品種を使うと食感が変わるのか興味深い。

米粉を販売している生産者もいるが、低アミロース米粉を販売している生産者もいるのだろうか。いるとしたらなぜ低アミロース品種を選んだのか、使い方や食味にどう影響するのか聞いてみたい。そして、個人的には米粉だけでなくだんご粉も売ってほしい。

お団子作りがこんなに手軽だとは知らなかった。味醂と醤油と片栗粉と水でみたらしあんを作ると、子どものおやつにぴったり。そして子どもと一緒に団子作りを楽しめる。

米原理主義者の私は「おやつもお米を食べよう運動」の一環として、この団子作りを推奨してまいりたい。ちなみに、味醂を使ったみたらしあんは砂糖不使用。先日、砂糖の代わりに甘酒を使って作った「じゅうねんみそ(エゴマみそ)」をつけてもおいしかった。

娘は8月のお盆の墓参りでは団子を一つも食べなかったのに、調理に参加することで食べるようになるというのは興味深い。そういうおいしさを体感しているんだな。

ごはんが進む「残りもの部門」と「ちょいしみ部門」

先日スーパーで北海道産の生筋子を見つけた。

3歳の娘はいくらの醤油漬けが大好きなので、5,000円分の生筋子を購入して、季節行事のために小分けにしてして冷凍した。

瓶の蓋に「12月」「1月」「2月」「3月」…とラベルをつけて冷凍。クリスマス、大晦日、正月、節分、ひな祭り…と娘がいくらを食べられる機会は意外と多い。

もちろん冷凍保存だけでなく、すぐに食べるぶんは確保。娘は大喜びで食べ、すぐにいくらはなくなってしまった。

「いくら!もっと!」と駄々をこねる娘。

いくらを食べ終わった後の漬け汁もごはんにつけて食べていることを知っていたので、「もう汁しか残ってないの。これでもいい?」と聞くと、「うん!」。

小さな器にいくらの漬け汁を入れてあげると、その汁でごはんを食べていた。

翌日はのっけから「いくらじる!」と漬け汁を要求する娘。

いくらの漬け汁を出すと、汁だけでごはんを3杯も食べた。

娘はいくらそのものというよりは、いくらの醤油漬けの味が好きなのかもしれない。

たしかに白ごはんが進む。

娘はプチプチとした食感や弾けた卵から流れ出る強烈なうまみ…よりも、
「いくらのエキスがしみ出た漬け汁が好き」疑惑

ちなみに先日の土用丑の日は、茄子で“うなぎの蒲焼きもどき”を作った。

夫はベジタリアンなのでうなぎが食べられないし、茄子でどれほどうなぎ感が出るのか興味深かったが、見た目はたしかにうなぎっぽいと言えばうなぎっぽい。

茄子でつくったうなぎの蒲焼風。うなぎに見えるような見えないような。

とは言え、うなぎ特有の川魚っぽい風味や食感はもちろん違う。

ただ、粉山椒をかけてみると、まるでうなぎを食べているかのような錯覚に陥った瞬間が何度もあった。

うな重は好きで、また行きたい店が南千住と小田原と赤坂にあるが、うなぎを堪能することが目的ではなく、白ごはんをおいしく食べることが目的の場合は、おいしいタレと粉山椒さえあれば十分と言えば十分かも。

「いくら汁」と「うなぎのタレ」はれっきとしたごはんのおともなのだと確信した。

そういえば、池波正太郎氏がエッセイで、冬の夕飯に煮魚を食べた翌日の朝、鍋の中で固まった煮こごりをほかほかごはんにのせて、ごはんの温かさで煮こごりが溶け始めたところをごはんと一緒にかきこむ…という食べ方を紹介していた。そのエッセイを読んだ大学生の頃の私はあまりにもおいしそうな文章に耐えられなくなり、早速真似をしてみたことがあった。これもタレと言えばタレである。

汁やタレをおいしく食べるポイントは、おいしい白ごはん。汁やタレが残りものだからこそ、電子レンジでチンした冷凍ごはんやパックごはん、長時間保温で劣化したごはんではなく、炊きたてのごはんに合わせたい。そう考えると、汁やタレはごはんを主役に仕立てる、まさにごはんのおとも中のごはんのおともなのかもしれない。

新米の季節に必ずメディアに「ごはんのおとも特集」が登場するが、こうした「残りもの部門」「はずメシ部門(人には言いづらいちょっと恥ずかしいメシ部門)」があったらおもしろいと思うのだけど、どうだろう?

ちなみに私は味玉をおかずにごはんを食べるとき、味玉を切ってあらわれた卵黄に漬け汁をしみこませ、その際に味玉をごはんにのせて漬け汁がちょっとしみたごはんを食べるのも好きだ。ごはんのおともというよりは、ごはんのおかずではあるが、焼肉・オン・ザ・ライスでタレがついたごはんや、ヅケマグロ・オン・ザ・ライスでタレがついたごはんなど、白ごはんが進むごはんのおかずの「ちょいしみ部門」はめちゃくちゃ盛り上がるように思うのだけど、どうだろう?

糀甘酒と酒粕甘酒は似て非なり

3歳の娘は甘酒が大好き。

私も甘酒は好きだが、好きなのは糀甘酒にかぎる。酒粕甘酒はどうも好きになれない。

日本酒は大好きで、粕汁や鮭の酒粕煮などの酒粕料理も好き。酒粕を炙って酒の肴にするのも好き。それでも酒粕甘酒は好きになれない。

酒粕甘酒は酒粕の風味が強いこともあるが、好きになれない最大の理由は「そもそも砂糖を使わずとも発酵時に生まれるアミラーゼのおかげで甘くなるにもかかわらず、なぜわざわざ砂糖を足すのか」という小さな不満があるからだ。

先日、娘と一緒に酒蔵併設の喫茶店へ行った。目的は酒蔵の甘酒。娘と一緒に甘酒を注文すると、店員から「甘さ控えめなのでガムシロップもお持ちしますか?」と妙なことを聞かれた。

ガムシロップを断り、しばし待ち、甘酒が到着。飲んでみると、たしかにかなり甘さが控えめ。自宅で娘に飲ませている「糀甘酒1:水5」で薄めた甘酒に近い控えめな甘さ。そして、酒粕の風味の強さに、これは酒粕甘酒では?と気づいた。

すぐにネット検索すると、その酒蔵で販売されている商品は酒粕甘酒であった。

麹を扱う酒蔵でなぜ…という疑問と、もろみを搾るときにたくさんできる酒粕の使い道ではあるよな…という納得と、でもあの酒蔵の甘酒は糀甘酒だったのに…という不満と、いろいろな思いが渦巻いた。

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私は酒粕甘酒を半分しか飲めず、娘はいつもよりかなり時間をかけながらも飲み干した。

糀甘酒と酒粕甘酒は同じ甘酒でもまったくの別物。しかしながら、いずれも主原料はお米であるし、カニカニカマの関係のように酒粕甘酒が糀甘酒のイミテーションと言うつもりはない(カニカマはもはやイミテーションではなく市民権を得ているという声もあるが)。

一方で、「酒粕甘酒に郷愁を感じる」という酒粕甘酒ファンもいるのだから、ひとくくりに「甘酒」にしてしまうことは糀甘酒ファンにとっても酒粕甘酒ファンにとっても不幸なことだと思うのだがどうだろう。

「金とり会」に学ぶこと

酒米を自社栽培している酒蔵でつくる「農!といえる酒蔵の会」の福島セミナーに参加した。

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福島県日本酒アドバイザーの鈴木賢二さんの講演で、福島県の「高品質清酒研究会」通称「金とり会」で行われるという「持ち寄り会」が紹介された。

ちなみに「金とり会」は、鑑評会で「金をとることを目指す会」という意味らしい。

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そして、「持ち寄り会」とは、会員の各蔵が自社の日本酒を持ち寄ってみんなで飲み、自社の日本酒の立ち位置を知ったり、何の酵母を使っているかなど酒造について質問や意見を交わす会だという。「鑑評会出品者全体の底上げにつながっている」と鈴木さん。

同様に米農家がお米を持ち寄ったらとてもおもしろい取り組みになりそう。意識が高い産地ではすでに行われていそうだけど。

似ているような似ていないような例で言えば、お米の食味の高さを競う「米食味分析鑑定コンクール国際大会」。

主催の「米食味分析鑑定協会」認定の「米食味鑑定士」という資格を取得すると、実食の審査員を務めることができる。

米農家で米食味鑑定士を持っている方は、コンクールにノミネートされた高食味米を食べ比べることができるという意味では、この持ち寄り会に近い体験をされているなと感じる。自身のお米もノミネートされたという農家の場合はなおさら学びが多いように感じる。

とは言え、当然ながらブラインド実食で、その場にお米の各生産者がいて食べながら語り合う…といったことはできない。

お米も各産地で「持ち寄り会」を行ったり、コンクールで知り合った者同士で私的勉強会を開いて「持ち寄り会」も開いたりすることはめちゃくちゃ有意義なのではと思う。

日本酒はお米からできているが、食べるお米は日本酒から学べることが多いなと感じた「農!と言える酒蔵の会」であった。

白ごはん.comの神レシピ

3歳の娘はアレルギーが多い。こども園は給食が出るのだが、除去食に対応しきれないとのことで毎日お弁当を持参している。

そして食べてくれるものが極端に少ない。

いま娘が食べるものは、主食では、白ごはん、塩むすび。おかずでは、かぼちゃ塩煮(醤油や味醂の定番煮は食べない)、茹で卵(味玉や茹で卵の煮物も食べる)、厚揚げ甘辛焼き、鯵の干物、焼き塩鮭(塩鱒も食べる)くらいだ。

そして、なぜか鯵や鮭は家では食べるのに、お弁当に入れると食べてくれない。逆に、厚揚げ甘辛焼きはお弁当に入れると食べるのに、家では食べてくれない。

そのため、お弁当のおかずは、カレー味玉、厚揚げ甘辛焼き、かぼちゃ塩煮の3種類をローテーションしている。

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このうち、カレー味玉と厚揚げ甘辛焼きは、和食レシピサイト「白ごはん.com」で知られる料理家・冨田ただすけさんのレシピ。以前から冨田ただすけさんのレシピは好きだったけど、娘のお弁当の救世主となってからは感謝の念さえ抱くようになった。

ネットで「こどもレシピ」を検索すると、だいたいケチャップ、マヨネーズ、チーズ、揚げ油などを使ったレシピが出てくるが、ちょっと安直に思えてしまう。たとえば野菜を食べないからといって油脂や砂糖で素材の味をマスキングしてまで食べさせても、素材の栄養よりも油脂や砂糖の弊害のほうが大きいのではないだろうか。子どもが喜んで食べさえすればいいわけではなく、まずは健康がなによりも大事だと感じる。

甘辛い味付け、ちょい足しカレー風味、素材の味を味わう、といったふうに、子どもの健康に配慮しながらも子どもが喜ぶレシピ本やレシピサイトがあったら嬉しい。そして、その料理の中心には白ごはんと味噌汁がある…と考えていたら、まさに「白ごはん.com」じゃないか!と気づいた。

もしもカレー味玉と厚揚げ甘辛焼きに出会えていなかったら、私はお弁当に入れるおかずがなくて困り果てていたか、残される覚悟であれこれ入れていただろう(実際あれこれ入れていた時は残食率がめちゃくちゃ高かった)。そう考えると、この神レシピに感謝の雨アラレなのである。

ちなみに、白ごはん.comはすべてが子ども向けではないが、子どもの健康に配慮しながらも子どもが喜びそうなレシピがたくさんのっている。厚揚げ甘辛焼きは、こういう名前のレシピが紹介されていたのではなく、2014年に発行された「おとなの『ひとりごはん』」(日経おとなのOFF特別編集 日経ホームマガジン)に紹介されていた「厚揚げ甘辛丼」を参考にした。

これから私はカレー味玉と厚揚げ甘辛焼きをひたすら作り続けることになるだろう。飽きっぽい娘がいつまでこのレシピを好きでいてくれるかわからないけど、大人になった時に「ママのお弁当にいつも入っていたあれが食べたい」と言ってくれたら、この悩ましいお弁当作りも報われるように思う。

いくらケーキ

先日、娘が3歳になった。

いくらが大好物なので用意しておいたが、目にするアニメや絵本ではお誕生日と言えばいちごがのったホールケーキにろうそくをさして祝っている。

娘も「ケーキ!」と食べたことがない料理を要望してきた。娘は小麦アレルギーであり乳アレルギーなので小麦と乳が使われたケーキはまず食べられない。加えて私は小さな子どもに砂糖は不要だという確固とした信念を持ち続けている。甘いものはさつまいもやとうもろこしやフルーツでじゅうぶん。

そこで、セルクルでケーキ型にかたどったごはんにいくらをのせた「いくらケーキ」をつくると、娘は「ケーキ!ケーキ!」と大興奮。ほとんどを1人で食べてしまった。

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それにしても「誕生日=ケーキ」の定番はいつから定番になったのだろう?

いつか、アレルギっ子でも食べられて、グルテンフリーな「ごはんケーキ」が誕生日の定番になったらうれしい。赤米や黒米などの有色米を使ったり、赤飯やにんじんごはんなどの色付きごはんを使ったりして、誕生日を祝える華やかさは演出できるように思う。ぜひ、本屋にケーキのレシピ本が当たり前に陳列されているように、いろいろなごはんケーキのレシピ本が並ぶ日がやってきてほしい。

揺らぐ資格の価値

先日、お米屋でお米を買おうとしたら、袋裏の「産地」「産年」「精米年月日(精米年月旬)」「販売者」が空欄だった。印刷されているのは、かろうじて品種だけ。POPや袋表に「産地」「生産者」は書かれていたが、精米年月旬がわからない。商品棚に置いてある他のお米も同様だった。

「これはいつ精米したのですか」と店員に尋ねると、「少々お待ちください」と奥へ行くと、お米屋の妻が出てきてくれた。同じ質問をすると「先週です」とのこと。その後、おそらくお米屋の夫に聞いてきた店員が「今月中旬です」と回答した。たしかに「日曜日」は「今月中旬」なので回答にズレはない。

それはそうと、なぜ精米年月旬を書いていないのか。その場精米の量り売りならばまだしも(それでも精米年月旬の記載は必要だが)、精米して袋に入れた状態での未記載はアウトで、FAMIC(独立行政法人農林水産消費安全技術センター)に見つかれば指導されるだろう。

衝撃を受けたのは、このお米屋はご夫妻そろって五ツ星お米マイスターであったこと。お米は生鮮食品であることを消費者に伝えるべき立場の人が精米年月旬を記載せずにお米を販売しているとは…

ちなみに「おまけ」でくれた2合入りのお米もすべての情報が未記載だった。おまけの気持ちはありがたいのだけど…

なんだかお米マイスターという資格の価値が揺らいでしまうなあと残念な気持ちになった。