柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

カスベの煮付け

今年は雪が多い。

先日は夫が不在中に娘と2人で車で出掛け、夕方帰宅すると雪で自宅敷地内に入れなくなっていた。路駐して、除雪道具を取りに行くために膝上まで雪に埋もれながら家に向かっていると、神奈川県に住んでいた17、18年ほど前に大学の卒業記念に青森へ一人旅に行ったことを思い出した。

青春18切符を使った鈍行列車の旅。1日1食は駅前の定食屋で食事をするというルールをもうけ、町の図書館で見つけた駅前食堂の本を手に3月のみちのくへ。

記録的な大雪でJR青森駅前は信号機まで雪が積もっていた。当時青森駅前にあった「一二三食堂」に入ると、壁に品書きがずらり。

どれを食べようか迷っていると、店のおばちゃんが「カスベ煮付け定食」をすすめてくれた。湯気が上ったカスベの身のとろりとした舌触り、骨のコリコリとした食感、優しい甘辛さ。それ以来、カスベの煮付けが好きになった。

当時スマホなんてものはまだなく、カメラで撮影した写真(をスマホで接写)。壁の右側に貼られている品書きの束は品切れ中。カスベ煮付け定食は850円。今なら焼きいかにも惹かれる。

こちらもカメラで撮影した写真をスマホで接写。当時は食事を撮影する習慣はなく、撮り慣れていない感がすごい(今もうまくないけど)。ちなみに普段は副菜が多い定食はあまり好きではないのに、この定食は最高だった。

近くの席でタバコを吸っていた常連風の男性客が「おれもそれもらおうかな」。聞けば北海道からの冬の出稼ぎ。当時「出稼ぎ」は昭和の話だと思いこんでいたので驚いた。

一二三食堂は地元の図書館から持ってきていた本にのっていたので、店のおばちゃん2人に見せるとそのページに若かりし日のご自分が写っていたそうで「若いわ〜」と喜んでおられた。

先ほどのおじさんはおばちゃんが手にした本をチラリとのぞいて楽しそうにしていたが、あとはタバコを吸いながらテレビを見てカスベの煮付け定食を待っていた。イチゲンに話しかけてくれつつも、必要以上に話しかけてこない距離感が絶妙に居心地いい。いい店は常連客もいい。あったかくて、明るくて、おいしくて、優しくて、言うことなしの店であった。

そして、「膝上まで雪に埋もれながら家に向かっていると、大学の卒業記念に青森へ一人旅に行ったことを思い出した」のはなぜかというと、その翌日に行った竜飛岬でラッセルを体験したから。

JR三厩駅からバスで竜飛岬最寄りのバス停に到着したはいいが、人が歩いた形跡がない。つまり雪で道がなくなっていた。

そこで、腰まである雪をかき分けて竜飛岬を目指した。誰もこんな季節に来ないのかもしれないなあと思いながら進み続け、ようやく竜飛岬に到着すると、土産物屋に店員さんがいたので驚いた。ここで買ったガチガチに干したタコがとてもおいしかったのだけど、今お取り寄せできたりしないのだろうか。

竜飛岬からの帰路、バス停で時刻表を見て愕然とした。数時間後までバスがこない。もちろん周りに喫茶店なんかない。天候は吹雪。そのとき、一台の軽トラックが走ってきた。すかさず、祈る思いでヒッチハイクすると、停まってくれた。地元のおじいちゃんは三厩駅まで乗せてくださった。

三厩駅に着いた後、周辺にあった食堂に入った。ラッセルで靴の中に雪が入って靴下がびしょ濡れ。店のおばちゃんがストーブの前に靴下を干してくれた。その間に、鮭のハラス焼きやいくらの醤油漬けがのった定食を食べた。そのとき撮った定食の写真を見るといかにもおいしそうなのだけど、なぜか思い出そうとしても定食の味が思い出せない。代わりにおばちゃんの優しさとストーブの暖かさが思い出され、胸の奥がほかほかする。この店の名前を覚えていないのだが、いま検索してもそれらしい店が出てこない。閉店してしまったのだろうか。

青森駅前の一二三食堂はずいぶん前に閉店してしまったそうで、カスベの煮付け定食を食べたあの短い時間が今でも愛おしい。

ちなみに新聞記者時代にカスベの煮付け定食の話を紙面のコラムに書いたら、接点のなかった役員の一人からエレベーターの中で「私もカスベの煮付けが好きでね」と急に声をかけられた。役員たちには正直言って苦手意識があったが、この人は良い人なのかもしれないと思った。

駅前食堂には出会えなかったが、「寺山修司記念館」目当てで訪れたJR三沢駅では、頰被りをしたいかにも寒そうな可愛らしいザ・雪国のおばあちゃんに写真を撮らせていただき、雪国を感じさせない常夏感溢れるスマイリーな米軍三沢基地の米軍人に写真を撮らせていただき、後から写真を見返すと同じ季節に同じ街で撮ったとは思えない印象を受けた。寺山修司記念館は入館から退館までずいぶん長い間見て回っていたけど客はずっと私1人で、カルメン・マキの「時には母のない子のように」をずっと聴き続けていると、なんだか不思議の国に迷い込んだような気分だった。

といった一連の思い出はすべて大雪とともにある。

今日で2022年が終わるが、今年の年末はあの青森旅を思い起こさせるボサ雪で、ずんずん降り積もってすべてを真っ白に覆っていく。

「人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ」(寺山修司

明日からは2023年。どんな一年になるのかな。