柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

お酒を飲むとお米を食べない人たちへ 目指せ「お むすび×お燗」文化の醸成 日本の米食文化をアップグレードするために

数年前、中東とヨーロッパへ行ったとき、その多様な米食文化に目を見開いた。

トルコでは、ピーマンにピラフを詰めた「ビベルドルマ」、ムール貝の殻にピ ラフを詰めた「ミディエドルマ」といった料理を食べながら、ワインを楽しむ人 たちを見た。スペインでは、パエリアやメロッソ(リゾットよりも汁気の多いお 米料理)などを食べながら、ワインやシェリーを飲んでいる人たちを見た。私も 同様に米料理とお酒を楽しんだ。

スペインで食べたパエリア

どの米料理もしっかりとした味付けで、むしろノンアルコールで食べるのは、 酒好きにはつらい。イスラム教徒が多いヨルダンはアンマンのレストランで、ぶ どうの葉でお米を包んだ「ヤプラクドルマ」を食べながら水を飲まざるを得ない ことが残念でならなかった。

日本はお米が主食の国だが、和食のお米料理を食べながらお酒を飲むという人 は極めて少ない。鮨を食べながらお酒を飲む人はいるが、おむすびや炊き込みご はんなどを食べながらお酒を飲む人は少数派で、白飯を食べながらお酒を飲む人 はかなりの玄人だ。

一方で、中東やヨーロッパではお米は主食ではない。だからこそ、しっかりと 味付けされたお米料理を食べながらお酒を飲む文化があるのかもしれないが、心 からうらやましい。

■「ご飯は太る」「ご飯が入らない」と言うが......

飲食店でコース料理を注文すると、締めにご飯や麺が出てくるパターンが多 い。さらに懐石料理の場合、前半に「おしのぎ」と呼ばれる少量のご飯物が提供されるのが一般的だ。

一方、アラカルトで注文する場合、締めのご飯を食べないという人は多いよう に感じる。

「ご飯を食べると太る」「お腹がいっぱいでご飯が入らない」などさまざまな 理由を聞くが、前者に関しては、ご飯だけが悪者ではないだろう。後者に関して は、料理でお腹がいっぱいになってからご飯を食べるのではなく、中東やヨー ロッパで見た光景のように、ご飯を食べながらお酒を飲むという味わい方をして みてはどうだろう。炭水化物(糖分)はアルコールの分解を促す効果もあるそう で、お酒を飲むときはお米を食べれば、身体にも優しい。

 ■米を肴に米を呑むという提案

「米を肴に酒を呑む」。もっと言えば、「米を肴に米(日本酒)を呑む」は、 平成20年代後半からの私の密かな野望である。

お米の消費量は減り続けている。そして、お米が原料の日本酒も消費量が減り 続けている。お米(日本酒)を飲んでお米を食べないというふうに同じお米同士 で競合するのはなんだか悲しい。

お米(日本酒)とお米が互いに相乗効果でおいしくなったら、こんなに良いこ とはない。お米を食べたら日本酒が飲みたくなり、日本酒を飲んだらお米が食べ たくなる。あるいは、お米を食べると日本酒がよりおいしく感じられ、日本酒を 飲むとお米がよりおいしく感じられる。そんな探求ができないだろうか。

お米の消費が落ち続けている背景には、主食の多様化、炊飯の手間、人口減少 などさまざまな問題があるが、お米の魅力を最大限に引き出せていないことも要 因だと感じている。だからこそ、お米の可能性や魅力を掘り起こしていき、日本 の米食文化をアップグレードして新たなおいしさに出会うことができたら、結果 的にはお米の消費拡大にもつながるのではないか。

■ 食べ方と共に広がった? キウイフルーツやカップヌードル

その方策を探っている中、農学博士で福島大学食農学類の河野恵伸(こうの・ よしのぶ)教授による農産物マーケティングがテーマの講演で、ニュージーラン ド産のキウイフルーツを販売する「ゼスプリ」社が莫大な予算をかけて「キウイ をハーフカットしてスプーンですくって食べる」といった食べ方とセットでPR を展開することでキウイ人気が広まったといった事例が紹介されていた。

この話から、ロングセラー商品「日清カップヌードル」は過去に自動販売機で プラスチックフォーク付きで販売されていたことがあったという話を思い出した (私は昭和50年代後半生まれでもあり実際に見たことはないが)。私が生まれる 前に起きた「あさま山荘事件」(1972年)で山荘を包囲する機動隊員たちが カップヌードルをフォークで食べている姿をモノクロ写真で見たこともある。日 清のホームページによると、この様子がテレビ中継で繰り返し映し出されると、 カップヌードルは生産が追いつかなくなるほど売れたそうだ。現在もカップヌー ドルのCMではフォークが使われている。

実際にキウイフルーツをハーフカットしてスプーンで食べている人やカップ ヌードルをフォークで食べている人がどれだけいるかはわからないが、こうした 食べ方の提案に購買意欲をそそられた人たちがいたことは確かだろう。

こうして見ていくと、新しいものの普及は新たな文化を醸成させるくらいの気 概が必要なのだと思えてくる。平賀源内が広めた土用の丑の日の「鰻(うな 重)」、コンビニエンスストアが広めた節分の「恵方巻き」などのように。

■おむすびBARの「オーダーメイドおむすび」

お米を食べながら日本酒を呑むという楽しみ方を文化として醸成されていく

きっかけ作りができないものだろうか。

そう願い続けていた時、あるおむすびに出会った。

昨年12月、福島県郡山市で開かれた「ASAKAMAI887新米祭」に参加した。 「ASAKAMAI887」とは八つの厳しい基準をクリアした郡山市産コシヒカリに のみ認定されるブランド米。このお米を使った「おむすびBAR」のむすび手を務 めたのが京都府からはるばるやってきた出張おむすび店「山角や」の水口拓也さ んだった。

「おむすびBAR」で日本酒を提供する福島県郡山市の酒蔵「仁井田本家」のおかみ・仁井田真樹さん(2022年12月)

水口さんが提供するのは「オーダーメイドおむすび」。お客が好みの具材を伝 えると、その具材を中心に水口さんがアレンジを加えてくれる。もちろん、「こ の具材だけ」と指定もできるが、水口さんのセンスに任せると新しい味わいが生 まれ、期待以上のおむすびに出会える。

隣のブースでは、郡山市の酒蔵「仁井田本家」の仁井田真樹さんが数種類の日 本酒を提供。お客はおむすびを食べながら日本酒を呑むことができるという趣向 だ。

ここで塩むすび一つと五つのオーダーメイドむすびを食べながら日本酒を飲ん だが、仁井田本家の燗酒にレモンの皮を入れた「レモン燗」とベストマッチなお むすびに出会ったので紹介したい。

具にシャケ・オイル漬けドライトマト・燻製オイル・ピスタチオ、外にバジ ル・ピスタチオ・海苔

具にレーズン・ピーナッツバター・燻製醤油・アボカ ド、外にピスタチオ・ミント

「しゃけ」を選んだおむすびには、「しゃけ」「ドライトマトのオリーブ漬 け」「燻製オイル」「ピスタチオ」「バジル」。

「奈良漬」を選んだおむすびには、「奈良漬」「レモンの皮」「大葉」「海 苔」。

「牡蠣の燻製」を選んだおむすびには、「牡蠣の燻製」「スライスレモン」 「燻製オイル」「ルッコラ」。

「焼きサバ」を選んだおむすびには、「焼きサバ」「紅しょうが」「燻製醤 油」「大葉」「柚子の皮」「海苔」。

「ピーナッツバター(無糖)」を選んだおむすびには、「ピーナッツバター」 「ピスタチオ」「レーズン」「燻製醤油」「ミント」「アボカド」。

実は、私はおむすびに関して保守的で、中食や外食で食べるのは、ほぼ「塩」 か「しゃけ」。正直言うと、いろいろな具材を使ったおむすびは、本来は好みで はなかった。

だが、水口さんのおむすびは数種類の具材やトッピングなど驚くような組み合 わせでも、味わいが品良くまとまっている。そして、日本酒との相性も良い。お むすびと日本酒を一緒に楽しめたら......という野望は、野望のままで終わらない と確信した。

ちなみに、お酒に合わせるお米料理には、ドルマやパエリアのようにお米その ものに味付けをしたものが多いが、「白飯」と日本酒のペアリングという点に日 本らしさが感じられる。

冷酒よりもお燗のほうがおむすびに合うと感じたのは、お燗の味わいがペアリ ングのフックになっているだけでなく、おむすびを食べるときに温かい味噌汁や お茶を飲むとほっとする感覚になじんでいるせいもあるのかもしれない。

■おむすびとお燗で双方の魅力を掘り起こす

「『お米のテロワール』を考える 味を決める要因は品種だけじゃない 」で も書いたように、お米は気候風土や栽培方法などによって味わいは変わる。そし て、精米歩合や炊飯方法、食べ方によっても味わいは変わる。

 同様に日本酒は、原料の米質や精米歩合、麹菌、酵母菌、製法などによって味 わいは変わり、飲む際の温度帯や酒器などによっても味わいは変わる。

燗酒においては「火の入れ方によっても味わいは変わる」と、燗酒を提供する 都内の飲食店「高崎のおかん」店主の高崎丈さんから教えてもらった。さらに、 高崎さんによると、「もともと日本酒はお燗でしか飲まれていなかった。(常温以下に冷やした)冷酒はここ最近の飲み方」だそうで、江戶時代は一年通してお 燗を飲むのが主流だったそうだ。

お米に火を入れて炊いたご飯をむすぶ「おむすび」と、日本酒に火を入れてつ けた「お燗」。両者を共に楽しむことで、日本の食文化の根っこに思いはせる きっかけにならないだろうか。

そして、「お酒に合うおむすび」を考えることは、おむすびの可能性を掘り起 こして広げていくことにもつながるように感じる。

 おむすびは、日常食でありながら水口さんのおむすびのように「ハレ」の味わ いを生み出すこともできる。しかしながら水口さんの食材は日常感があり、京都 の「すぐき漬け」など地域性もあり、さらには日常食や伝統食の具材に他の具材 や調味料や香味野菜・ハーブなどを合わせることで新たな味わいを生み出すこと もできる。また、お米や炊き方を変えると味わいや食べ心地を変えることもでき る。改めて、おむすびは日本が誇る「ソウルフード」であり、その可能性は無限 大であると感じる。

もちろん自宅でも誰でも楽しむことはできる。いつも食べているおむすびに冷 蔵庫にあった調味料を足してみてもいいし、おむすびに入れたことがない具材を 入れてみてもいい。残り物のおかずを入れてみてもいいし、冷蔵庫にたまたま あった食材を活用してもいい。

おむすびを食べながらお燗を飲む食文化が根付いていき、結果としてお米と日 本酒の魅力が掘り起こされ、消費も拡大していったら......こんなに嬉しいことは ない。

(朝日新聞web「論座」の連載「お米偏愛主義論」)