柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

甘い梅干しでごはんを食べる方法

梅干しと言えば、かつては酸っぱいものが当たり前でしたが、スーパーなどでは、ハチミツや糖類が入った甘めの梅干しのほうが多く見かけられるようになりました。でも、お米ライター柏木は、甘めの梅干しではごはんが進みません。一方で、同じように甘めでも、佃煮やうなぎのたれならばごはんが進む。これはなぜなのでしょう。ごはんが進む味を探ろうと、味を数値化するサービスを提供している会社「味香り戦略研究所」)を訪れました。

 

■甘い梅干しでごはんが食えるか!

 

甘めの梅干しでごはんが進まず、こんなふうにぼやいていたお米ライター・柏木。

「甘い梅干しによるお米の進み具合と、佃煮によるお米の進み具合の、この差がなんだろうとすごく考えるんですよね。私は甘いのが苦手で、『甘いので米が食えるか!』って思っていたんですけど、佃煮ならば、まあ甘すぎるのもありますけど、佃煮だとまあまあいけるんですね」

「うなぎのたれはうなぎがなくてもたれだけでお米が進む。あれはなぜだろう。醤油と塩の違い?」

 

こうした疑問を探ろうと、味を数値化することで、商品の特徴付けや、ブランディングコンサルティングなどを行っている「味香り戦略研究所」(本社・東京都中央区)を訪問。取締役戦略支援部長の小柳道啓(こやなぎ・みちひろ)さんと、研究開発部主席研究員の高橋貴洋(たかはし・たかひろ)さんが答えてくれました。

 

■体液の塩分濃度がおいしい

 

「基本的に人間がごはんを食べるときは、塩分濃度が大事。0.8%程度の濃度がおいしく感じると言われています」と話すのは、高橋さん。「私たちがその塩分濃度を心地よいと感じるのは、人間の体液の塩分濃度と同じだからです」

 

例えば、肉じゃがの場合、じゃがいもの中心には味がつきにくい。そこで、表面に1.5%〜2.0%程度の強めの塩分濃度のものがつくと、噛んでいるうちに塩分が均一化されて0.8%程度に近づいていく。塩むすびの場合も同様に、表面の塩分濃度を高くすることで、噛んでいるうちにおいしいと感じる塩分濃度に近づいていくというわけです。ごはんと一緒に噛むことで薄められて0.8%程度の塩分に近づいていくと、私たちは「おいしい」と感じる。それが、いわゆる「ごはんのおとも」。そのため、ごはんが進むおかずは、少なくとも0.8%以上の塩分濃度が必要になります。しょっぱい梅干しを食べてごはんが進むのは、「口中調味」によって口の中で塩分濃度を調整しているためなのです。

■日本人は醤油の香りで“パブロフの犬”に

 

それにしても、なぜ佃煮やうなぎのたれは甘くてもごはんが進むのでしょうか?

「佃煮やうなぎのたれは甘さも強いですが、実は塩分濃度もだいぶ高いんです。その他の要因は、メイラード反応ですね」と高橋さん。

メイラード反応とは、食材の中に含まれるアミノ酸と糖が加熱によって結びつき、香ばしい風味や褐色の焼き色が出る反応のこと。うなぎのたれや佃煮に使われている濃口醤油は、すでに熟成の過程でメイラード反応が繰り返されています。「日本人は慣れ親しんだ醤油の香りに対して『パブロフの犬』の状態」と高橋さん。その醤油を原材料に使ううなぎのたれや佃煮は、作る過程でさらにメイラード反応を起こしていきます。さらに、うなぎの脂や佃煮の具材のうまみなども相まって、味が膨らんでいくことで、ごはんとの相性が良くなるそうです。こうしたうまみや甘みは、「人間が先天的に好きな味で、母親のお腹の中ですでに羊水からも味わっている」(高橋さん)というから驚きです。

ならば、甘い梅干しをうなぎと一緒に食べたらごはんが進むのでしょうか。

一般的に「食べ合わせが悪い」と言われているうなぎと梅干しですが、「合うかもしれません」と高橋さん。「酸味はうまみを一時的に抑制する効果があります。たとえば、唐揚げにレモンをかけることでうまみが抑制され、さっぱりとして食べやすくなります。うなぎに梅干しやレモンを合わせても同様です。文化的、外観的にどうなんだとか、せっかくのうまみを抑制してどうするんだ、という意見もあると思いますが(笑)」

以前に“梅干しヘンタイ”の竹内順平さんが「うな重に梅干しを乗せて食べるとおいしい」と言っていたのは、たれのメイラード反応や梅干しの酸味などのおかげだったのですね。

 

■ラーメンはライスとセットで

 

高橋さんによると、0.8%程度という塩分濃度の基準は不変ではなく、例えばうまみなどが大量に入ることで変わるそう。「たとえば……」と例に挙げたのは、ラーメン。「スープの塩分濃度が2.0%もあるラーメンは、うまみや脂などを大量に入れるため、塩分がマスキング(隠されて舌で感じにくくなること)されてしまわないように塩分濃度を高くしています。一般的なお吸い物の倍以上の塩分濃度です」

 

塩分濃度が高いにもかかわらず、ごはんがなくてもラーメンだけで食べられるのは、塩味がマスキングされていることに加え、麺にはスープが少ししか絡まないからだそう。「結果的に口の中では0.8%程度の塩分濃度になっていると思います」と高橋さん。ちなみに、細麺の場合はスープが絡みやすいので薄味スープが合い、太麺やちぢれ麺の場合はスープが絡みにくいので濃いめスープが合うそうです。いずれにしても、スープまで飲みほしてしまうと塩分過多。濃い味に慣れると、おいしいと感じる塩分濃度の基準も知らず知らずのうちに変わってしまう可能性があります。それでもスープも楽しみたい……という場合は、ライスもセットにしてごはんで塩分を薄めて味わうのが良いかもしれません。

本来は保存食だった佃煮も同様に、甘みやうまみが強いために塩分濃度も高くなっていますが、最近は「減塩ブーム」で塩分を下げたものが増えてきています。さらに、小柳さんは「中高年世代はしょっぱい梅干しを食べてきたと思いますが、今はスーパーの売り場を見ても、本来のしょっぱい梅干しは減っていて、甘めの梅干しが増えています」と指摘。「もともと酸味や苦みは人間が後天的に覚える味わいですが、いろいろな味を覚える食体験がないまま、『甘い梅干しでないと食べられない』という人が増えています」と言います。「梅干しを見るだけでつばが出る」「梅干しを見るだけでごはんが進む」と言う人は、少なくなっているのかもしれません。

■甘い梅干しでごはんをおかわりする方法

 

では、甘い梅干しでもごはんが進む方法はあるのでしょうか?

 

以前に甘めの梅干しを食べて、「私はここに醤油をかけて食べたい」と言っていた柏木。梅干しに醤油なんて非常識かしら……。恐る恐る高橋さんに尋ねると、「塩や醤油をかけるのはアリです」と意外にも肯定的。その他にも、苦みや渋みを加えるという方法もあると教えてくれました。

「ものすごく苦いとか渋いとかいうわけではなく、隠し味としての苦みや渋みです。たとえば、ふきみそ、ちりめんじゃこなどの魚、ごま、のりなどですね。ごはんを白米ではなく玄米にして複雑な味を出すのも手。それから、穀物には穀物系の香りが合うので、たくあん、ぬか漬け、醤油麹(こうじ)や塩麹なども合います。うなぎのたれの香りの効果と同様に、香りが増すことで物足りない味を補ってくれる効果もあるのです」

減塩ブームでごはんの消費がさらに減ってしまうのでは……と懸念していましたが、たとえ甘めの梅干しでも、ほんの一工夫さえあれば、ごはんはいくらでもおかわりできそうです。

(柏木智帆「マイナビ農業」掲載)