柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

トラディショナルフードカルチャーマーケティング(造語)

静岡県「萩錦酒造」で杜氏の萩原綾乃さんに数種類の日本酒を試飲させてもらった時に、萩原さんが静岡酵母の特徴について「淡麗」と教えてくれた。

たしかに落ち着いた香りですっきりとした味わいのお酒が多い印象を受けた。

静岡県では海でとれた魚介類を新鮮なうちに食べられる。だからこそ、日本酒では華やかな香りを好まない(メモを取っていなかったので一言一句は違うが、ざっくりとした要約)」というふうなことをおっしゃっていて、非常におもしろかった。

たしかに海鮮料理に合わせるならば、香りは控えめで、うまみはあっても甘さは控えめで、キレが良いお酒が合うように感じる。新鮮な魚介類がとれる地域で生まれた酵母が、そうした食文化とマッチしているという点が興味深い。

お酒造りに使われている萩錦酒造の湧き水

では、他地域の酵母はその地域の食文化と結びついているのだろうかと興味が広がる。

とは言え、私は会津地方に住んでいるが、福島県のお酒が必ずしも福島酵母を使っているかと言えば、そうではない。そして、福島酵母が「にしんの山椒漬け」や「鯉の甘煮」や「まんじゅうの天ぷら」に合うお酒を醸すかというと、そんなことはないような気がする。

静岡酵母について検索してみると、県職員だった故・河村伝兵衛さんが開発した「静岡酵母HD-1」は、「淡麗で飲み飽きないお酒。海や山の幸に恵まれた静岡の食に合う飲み口を求め続けた」(中日新聞「日本酒(下)静岡酵母」2019年4月19日配信・牧野信記者)末に完成した。

地域のお米を使い、地域の酵母を使い、地域の食文化をつないでいく。お酒が地域の食文化をつないでいくという点に地酒の役割を感じた。

社会問題解決を目的とした「ソーシャルマーケティング」や、文化を新たに作り出す「カルチャーマーケティング」などがあるように、伝統の食文化をつないでいくためのマーケティング(トラディショナルフードカルチャーマーケティング(造語)長い!)はとても大事な分野であると感じる。

米食文化をつないでいくためにはどうすればいいか。地域の伝統食をつないでいくためにはどうすればいいか。地域の農産物をどう売るかということだけを考えるのではなく、その農産物とともに地域の食文化をつないでいくためにはどうすればいいかという視点を大切にしたい。

ちなみに、農水省の「うちの郷土料理」を見ると、お米に合いそうな料理が多く、決してパンではないことがわかる(うどんやおやつもあるが)。なんておもしろいページなんだろう。

www.maff.go.jp

 

朝食ビュッフェで白飯を最後までおいしく食べるために

先日家族旅行で静岡県のホテルに宿泊した。

翌日の朝食ビュッフェは7時スタート。われわれは7時20分くらいに朝食会場に到着した。

大きな保温ジャーの脇には、JA伊豆の「伊豆の恵こしひかり」の米袋。地元のお米を使うだけでなく、どういうお米を使っているのかを客に見せてくれる心配りにごはんへの期待が高まった。

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蓋を開けると、ツヤがあり、しっとりとして粒立ちが良さそうなごはんがたっぷり入っていた。ごはんにしゃもじを入れると、粘りがありながらもほぐれが良い。香りも良く、ホテルの朝食ビュッフェでこの食味のごはんが食べられるのはありがたい。

大根おろしを添えた焼き鮭、サニーサイドアップで焼いてもらった目玉焼きで、あっという間にごはんがなくなった。

とは言え、2歳の娘の食事をみながら食べたので、食べ終わるまでは少し時間がかかったが。

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そして、おかわりするために再び保温ジャーを開けると、見た目がさっきと違う。ごはんが「のぺっ」としている。ごはんの重みでごはんが潰れてしまっていた。しゃもじを入れるとさっきよりも硬いというか、しゃもじがごはんに入りづらい。よそったごはんに「ふうわり感」はなく、ほぐれづらい。当然ながら食感は一杯目よりも良くなかった。せっかくおいしいごはんだったのにもったいない。

こんな出来事があり、ビュッフェでおいしいごはんを最後までおいしく食べるためにはどうすれば良いか考えてみた。

以下、ビュッフェでおいしいごはんを最後までおいしく食べるための教訓

①早起きして朝食スタート時に入店。遅く到着すると1杯目から潰れたごはんを食べることになってしまう。

②1杯目を茶碗によそうときに、あとでおかわりするつもりならば、もう1杯をよそっておく。食べる量が予測しづらいかもしれないけど。おいしいごはんは、冷めてもおいしい。ただし、1杯目に時間をかけすぎると、2杯目のごはんが乾きすぎてしまうかもしれない。ごはんの粗熱が取れたら、ビュッフェの取り皿で蓋をしておくのも良いかもしれない(粗熱が取れてからでないと、取り皿についた水蒸気の水滴がごはんに落ちて水っぽくなってしまう)。

ただし、もともとイマイチなごはんの場合はこの限りではない。たとえおかずの種類が少なくても、ごはんさえおいしければそのホテルのビュッフェは良いビュッフェとして記憶に残る。

酒屋の角打ち

先日、毎日新聞朝刊の読者投稿欄「女の気持ち」でシングルマザーだという女性の投稿を読んだ(2022年6月6日付)。

「娘は発達障害を抱えていて、思春期でもあり関係を結ぶのが難しい」「娘に振り回され頼れる身内もなく、独りで家事すべてを引き受けるつらさ」と日々の苦悩をつづった後に、こんな息抜き方法を紹介していた。

「私のイライラや苦しさが収まらないときは『15分1000円チャレンジ』と名付けた息抜きをしている。仕事の帰り道、会社や自宅近くでカフェや居酒屋に入り、1000円以内のメニューを頼んで、15分以内に店を出るのだ。長居もぜいたくもできないが、店に入る前はイライラしたり、つらくてすべてを投げ出したくなったりしていた気持ちが、スーッと消えていく」

これはまさに私が子どもの頃に見ていた光景だ。

小学生のころ、2つ隣の駅のスイミングスクールに通っていたのだが、父の会社がスクールに近いといえば近かったため、お迎えはいつも会社帰りの父だった。父はすぐに家に帰らず、私を連れてなじみの酒屋へ。その店内の片隅にあるL字カウンターの角打ちで缶チューハイや缶ビールを1、2本飲んでから帰宅するのが恒例だった。

と言っても、話題の“フラリーマン”のように自宅へ帰りたくないわけではなく、なんというか、会社と自宅のクッションのようなものだったのだと思う。その角打ちには周辺の会社の、おそらくいろいろな肩書きの客たちが肩を寄せ合い、父と同じように缶ビールや缶チューハイを飲み、店で売られているいわしの蒲焼き缶詰をつついたり、乾きものを食べたりして、決して長居はせずにそれぞれのタイミングで帰宅する。そこには「付き合いで仕方なく」とか「帰りたいのに帰れない」といったサラリーマンの哀愁は一つもない。ほとんどの客が一人で来ていたためか、カウンターにいる客同士が自然に会話している雰囲気だった。1000円も使っている客はきっと一人もいなかっただろう。こういう場が家庭円満や明日の活力を生み出していたのかもしれない。

私はそんなおじさんたちを、カウンターの下でオレンジジュースを飲みながら見上げていた。店で売られているジュースを店内で開けて、しかも立ったまま飲むという背徳感によって、ただのオレンジジュースがやけにおいしく感じた。

それから年月が流れて父の会社の近所の高校に入学した頃には、あの酒屋は高層マンションに変わっていた。今あの周辺の会社で働くおじさんたちはどこで明日の活力を得ているのだろう。

父はとっくに定年を迎えたが、父の“英才教育”のおかげで、私は立ち飲みが好きになった。

こども弁当の決まりごと

今年の4月から2歳の娘をこども園に通わせ始めた。

しかし、娘はなかなかのアレルギー体質。

小麦アレルギーであること。

乳製品アレルギーであること。

胡麻は摂取量が多いとアレルギー症状が出てしまうこと。

卵は自宅で微量しか食べてくれなかったため摂取量によってはアレルギーが発症するかもしれないこと。

こんな理由で、こども園の給食では小麦・乳製品・胡麻・卵の除去が必要になり、当然ながら「対応は難しい」とのことで、お弁当持参になった。

そこで、自分が無理しないながらも娘においしいと思ってもらえるお弁当を目指し、5つのお弁当ルールを作ったら、お弁当作りは思ったよりもしんどくなかった。

①ごはんは7割

娘はごはんが大好き。おかずは残しても、ごはんは一粒も残さずに食べてくる。本当はごはん好きな娘のためにはごはんの割合を8割にしたいけど、弁当箱の仕切りの形状上、7割弱しかごはんが入らない。現在のごはんの量は150グラム。できれば180グラムくらいは入れてあげたい。ごはんが8割入るこども用弁当箱を開発したい。ごはんの割合が多ければ、おかず作りの悩みは縮小される。

②肉なし

私は肉が食べられないし、生肉を触るのが嫌で調理もできない。夫はベジタリアンで肉と魚を食べない。娘が肉を食べる機会がないことを心配する人もいるが、なぜ心配するのかよくわからない。成長すれば外食などで必ず肉を食べる機会はやってくる。そのときに娘がおいしいと思えば食べれば良いし、苦手だと思えば無理して食べることはない。お弁当に無理をして肉料理を入れても余った料理を食べる人がいないのでそもそも肉料理は採用しない。

③おかずは1〜2品

私はいろいろなおかずが少量ずつたくさん入っているお弁当よりも、好きなものが1種類入っているお弁当が好みなので、夫のお弁当もおかずはいつも1〜2品。そもそもごはんが7割弱入っているのだからおかずのスペースは狭い。カレーのときは1品で、それ以外は2品になっているので、おかずを考える労力が省力化できる。娘は先月から卵の摂取量が増えても問題ないことがわかり、卵がNGではなくなったので、2品のときは、メインが魚か厚揚げか卵で、サブは野菜か厚揚げか卵。親の偏食&娘のアレルギーのおかげで、お弁当に入れられるものが限定されているので、何を作ろうかという悩みは少ないほうだと思う。

④ごはんが進むおかず

お弁当のおかずはごはんが進むものに限る。マヨネーズを添えたブロッコリーとか、甘い卵焼きとか、パセリとか、プチトマトとか、そういうものはごはんが進まないのでお弁当には入れたくない。かぼちゃだったら煮物よりもきんぴらのほうがごはんに合うし、卵焼きだったら塩味のほうがごはんに合う。食べるとごはんがほしくなるようなおかずがお弁当にはふさわしい。

⑤彩りは気にしない

色とりどりだからおいしいわけではない。ぬるくなったプチトマトがおいしいとは思えないし、揚げ物の下でしわしわになったレタスもおいしいとは思えない。むしろ、茶色いおかずはおいしい。茶色弁当を肯定する「今日も茶色弁当!」とかいうタイトルのお弁当レシピ本があったら絶対買いたい。

娘に好評だったブリとじゃがいものカレーと白飯。タクコ(ターメリック・クミン・コリアンダー)と玉ねぎとトマトで作ったグレイビー(印度カリー子さんのレシピ)さえあれば、アレンジ自由自在で手軽で簡単。

こんな決まりごとのもと、3ヶ月にわたって娘のお弁当を作り続けてきたが、冷凍食品や電子レンジを使うことなく、かと言って無理することなく、続けてこられている。

おやつやデザートは、蒸しいも、せんべい(原材料:米・玄米・(塩))、果物(バナナ・ぶどう・いよかん・パイナップルなど)をぐるぐるローテーョンで回しているだけ。

こども園の給食を見て、みんなが「豚肉のカレー風味焼き」のときは「ゆで卵とじゃがいものカレー」、みんなが「さわらの味噌照り焼き」のときは「ぶりの味噌照り焼き」、みんなが「バナナ」のときは「バナナ」というふうに、なんとなく方向性が似たようなメニューにしたり、同じにメニューにしたり、無理ならまったく違うメニューにしたり。まっさらな状態からメニューを考えるのは大変だが、給食献立を参考にできるので、何を作ろうかという悩みが軽減される。

白飯・厚揚げ甘辛焼き・割り大根の煮物


先ほど書いたように娘は卵がOKになり除去すべき食品が4つから3つになったので、3つを除去した給食を提供してもらってお弁当をやめることもできるが、アレルギー体質で未摂取食品もあるため、もう少しお弁当で様子を見ましょうと医師から言われた。それもいいかなと思えるのは、お弁当の写真と献立をまとめておいて将来娘に見せてあげたいと考えているから。私は幼稚園時代に母が作ってくれたお弁当の中身の記憶がおぼろげなので、母は幼い私にどんなお弁当を作ってくれていたのか非常に興味深いと思っていた。

春から作り続けている娘のお弁当は7月2日の今日で48食目。たくさん作った気になっていたが、まだ48食。ここまで来たら100食は作りたいという謎の意欲が湧いてきたので秋まではこのまま頑張ってみよう。

白飯屋

以前に都内の商店街にあったおむすび屋で開かれたイベントでおむすびを作った際、高齢の女性客が「おむすびじゃなくて白いごはんを買いたい」と注文してきた。昼食のおかずは家にあるが、帰宅後に「夫と2人分のごはんを少量だけ炊くのが面倒」なのだという。そこで、おむすび数個分の量のごはんをパックに詰めて販売した。

パックごはんならば電子レンジで2分ほどで食べられるが、どうしてもにおいが気になるという人もいるだろう。「最近のパックごはんは進化してにおいが気にならない」という意見もあるが、個人的にはこれまで食べ比べてみた中ではにおいが気になるものが多く、食味的にもこれならアリだと思えるパックごはんの白飯には出会えていない(赤飯ならばあった)。

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そのおむすび屋のごはんは、通常は新潟県産の従来コシヒカリ。現在の新潟県産のコシヒカリはほとんど「コシヒカリBL」といって、いもち病抵抗性(Blast Resistance Linesブラストレジスタンスラインズ)があるコシヒカリだが、そのおむすび屋では新潟でもともと作られていたコシヒカリを使っていた。

コシヒカリBLよりも従来コシヒカリのほうがおいしい」と以前にテレビで放送していたが、まったくそんなことはない。コシヒカリBLだっておいしいお米はおいしいし、従来コシヒカリだっていまひとつな食味のお米もある。

しかしながら、そのおむすび屋の従来コシヒカリはおいしかった。もしかしたら白飯を買いに来た女性は「炊くのが面倒だから」という消極的な理由だけでなく、「このお店のごはんがおいしいから」という理由で白飯を買いに来てくれたのかも…と思いたい(実際はイベントで使っていたお米は「能登ひかり」だったが、そのお米もおいしかった)。

そんなことを考えていたら、さまざまな産地や品種や生産者の白飯を好きなグラムだけ購入できる“白飯屋”があったらもしかしたら需要がある時代なのかもしれない…と思い始めた。ご高齢の方や障がいを持った方など、炊飯が困難な方もいる。炊飯せずともおいしいごはんが買えるお店があってもいいのかもしれない。

お米だけでなくおむすびも売っている米屋が何軒もあるが、米屋が厳選したお米を丁寧に炊飯した白飯を販売しても、もしかしたら需要がある時代なのかもしれない。

昔は買うものではなく作るものだったおむすびがコンビニおむすびをきっかけに中食で普及したように、白飯も買う時代になるのだろうか。

白飯を買う習慣が広がってごはんを食べる人が増えたら嬉しいが、それでもやはり炊飯文化の衰退は寂しい。やはり私が熱望するのは、お米の消費アップだけでなく、米食文化の再興。炊飯文化も大切にしたい。ごはんが炊けて蒸らしが終わり、蓋を開けた時にたちのぼる湯気と熱気とごはんの香り、ツヤツヤピカピカとみずみずしく光り輝くごはんとの対面。そんな幸せな瞬間を味わえなくなってしまうのはあまりにももったいないと思うのだが。

お米と日本酒の〝経時優化〟

お米と日本酒は似ている・その1」で、開栓時よりも数日経ってからのほうがおいしい日本酒、精米から数日経ってからおいしいお米の話、年明けから味がのってくるお米のことを書いた。

7日前に開栓したある日本酒は、とてもきれいな酸の奥にサイダーっぽい甘さとすっきり感があったのだけど、今日飲んでみたら苦味を感じて酸のキレがなくなっているように感じた。きっとこの日本酒は開栓時が最高潮なのだと思う。

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お米も一般的には新米のときはまだ水分が落ち着いていないので年明けくらいから味わいが増す場合が多いが、中には新米の時がピークのお米もある。産地を書くと誤解を生みやすいので書かないが、そういう傾向の産地もある。

新米時がピークのお米と、開栓時がピークの日本酒。いずれも市場の評価が高いお米であり日本酒なのは、お米のコンテストは新米時期に行われ、日本酒は開栓してすぐ飲んだときの評価が一般的だからなのだろうか。

もちろん新米時にピークのお米や開栓時がピークの日本酒も好きだけど、良い方向に経時変化していくお米や日本酒に興味が向く。

今朝の「毎日新聞」日曜版一面下に服の通販の広告が載っていて「着込むほどに風合いや色合いが増す。それは〝経年優化〟という新しい愛着」と書いてあり、「経年劣化」はよく耳にするものの、〝経年優化〟は初めて出会った言葉だったので目を引いた。

イタリアでは5年物、7年物のヴィンテージ米が重宝され高値で販売されている。鮨屋が重宝する古米や琥珀色の古酒とは別ジャンルで、春先から味がのってくるお米や1年近く経って味が濃くなるお米、開栓して1ヶ月後に味わいが増す日本酒など〝経時優化〟のお米や日本酒のおもしろさに注目していきたい。

お米を生かすも殺すも炊飯次第

花の生け方を習ったことがなく、これまでずっとなんとなく活けている。花自体が美しいので、なんとなく生けても部屋が明るくなり私の気分も明るくなるが、もっとうまく生けてあげられたら花はもっと輝くんだろうな。美しい花であればあるほど申し訳ない気持ちにもなる。

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お米もうまく炊いてあげればおいしくなる。おいしいお米であればあるほど、そのポテンシャルを活かした炊飯をしたい。

花を殺すも生かすも活け方次第。

お米を殺すも生かすも炊飯次第。

学校で国語や算数などを学ぶのも大切かもしれないけど、私は炊飯や生け花を習いたかったな。あと予防歯科。歯医者は虫歯を治してもらうところではなく、定期的に検診してもらって虫歯を予防するところでもあったということを大人になってから「恵比寿西口クリニック」という素晴らしい歯科医院で教わった。食いしん坊は歯が命。

たくさんの子どもたちが炊飯や生け花に興味を持ってくれたら、なんとなく社会はもう少し明るく楽しくなるように思う。