柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

リゾットには古米が合う?お米ライターが食べ比べてみた

「新米はおいしい」って本当?【前編】「新米はおいしい」って本当?【後編】で紹介したように、古米には古米の魅力があります。鮨屋のシャリに古米が重宝されていることは知られるようになりましたが、実はリゾットにも古米が合うのです。リゾットの本場イタリアでは、新米よりも古米が高価というからびっくり。「古米」というよりは「ビンテージ米」として価値あるものとされているそうです。“古米リゾット”はおいしいのでしょうか?検証してみました。

 

■イタリアでは「ビンテージ米」が主流

 

まずはリゾットと古米の相性について情報収集。すると、農業をしながらレストランプロデュースや料理教室の開催など菜園料理家として活動する藤田承紀(ふじた・よしき)さんが「イタリアにいたとき、日本のように『新米』をうたうお店は見かけませんでした」と教えてくれました。店先に「新米」ののぼり旗が立ち、米袋に「新米」シールが貼られる日本とは大違い。やはり新米に対する特別感は日本ならではのようです。

「日本ではお米をそのまま食べるため甘さや食感が求められますが、チーズやトマトやオイルなどの旨みを合わせるリゾットでは、味の強すぎないさらりとしたお米の方が使いやすいです。そのため、収穫から時間を置き水分が抜けて硬化したお米の方が、リゾットに合うと思います」(藤田さん)

藤田さんは以前に、「ササシグレ」という品種のお米の1年物、2年物、4年物を水とオリーブオイルと塩だけでリゾットにしました。すると、1年物はまだ水っぽく、4年物は少々の古米臭。リゾットに適していたのは2年物だったと言います。

これはぜひ実際に食べて確かめてみたい…ということで、イタリアンのシェフを訪ねました。

 

■新米と古米を比べると…

 

福島県郡山市のイタリア料理店「Incontra Hirayama(インコントラ・ヒラヤマ)」では、リゾットに「亀の尾」を使っています。亀の尾は、今から約120年前の1897年に生まれた品種。粘りすぎず、粒立ちが良いお米です。この店では、普段は新米を使って独特の調理法で仕上げていますが、今回は亀の尾の2017年産米と2016年産米を使ってそれぞれ一般的な調理法で作ってもらいました。厳密には呼び方は違いますが、便利的に2017年産米を「新米」、2016年産米を「古米」と呼んで進めていきます。

「この亀の尾は調味料の味に負けず、しっかりとした米の味がします。出汁が米に入るだけでなく、米からも旨みが出汁に出てくるのです」と話すのは、オーナーシェフの平山真吾(ひらやま・しんご)さん。以前は福島県猪苗代町産「ひとめぼれ」を使っていましたが、2017年から亀の尾に切り替えました。「亀の尾のほうが噛んだときのお米の存在感があります。粘りがあるお米よりも亀の尾のようなお米のほうがアルデンテにしやすく、粒立ちも良いため、リゾットには合います」(平山さん)

今回作ってもらうのは、お米、オリーブオイル、塩、出汁、野菜(たまねぎ、にんじん)だけのシンプルなリゾットです。お米はいずれも猪苗代町の「つちや農園」が無農薬無肥料栽培・玄米保管。そして、調理当日の朝に精米しました。見た目は違いがありませんが、新米のほうが糠の良い香りがします。

お米は洗わずに生の状態から炒め、出汁で煮ていきます。
すると、古米のほうが出汁の減り方が早いことに気づきました。

「新米のほうが水分があるため、古米に比べて出汁が入りにくいのかもしれません。米の芯まで出汁が入るのは古米だと思います」と平山さん。出汁を吸いやすいためか、古米のほうが若干早めに出来上がりました。

まずは新米のリゾットと古米のリゾットの外観を見比べました。

古米のほうがわずかに色が濃く見えるのは、吸った出汁の量が多いためかもしれません。よく見ると、古米の米粒のほうが全体的に膨らみがあります。

「新米は表面がやわらかくなり芯までは火が入りにくく、古米は全体的に火が入るようです」と平山さん。実際に食べてみると、新米のほうは食感がざくっとしたものもあり、米粒によって火の入り方が均一でないように感じます。一方で、古米のほうは食感が均一で弾力が良く、アルデンテながらも噛みやすい仕上がりになっています。出来たて熱々の状態だとさらに火が入るため、微妙に食感の変化はありますが、一口目の印象とさほど変わりませんでした。

リゾットが冷めてくると、新米のほうは硬くなってきますが、古米のほうは食感が変わりません。お米は外側の水分が飛びやすいため、古米のほうが芯まで出汁が入っていることが推測できます。

リゾットの仕上がりの違いについて、アイホー炊飯研究所の平田孝一(ひらた・たかかず)所長は、「低温貯蔵で1年経ったお米は硬くなっているため急速に炊きあがったとも考えられる」と言います。硬く締まった古米は、含有する空気の量が少ないために熱伝導率が良くなっているという側面もありそうです。

ただ、平田所長が「たんぱく質アミロース、アミノペクチンなどの成分の違いもあるので一概ではない」と言うように、お米は工業製品ではないため、その状態は毎年の作柄にも左右されます。

炊飯鍋の開発に携わるなど長年炊飯を研究し続けている東京・新橋「懐石 高野」店主の高野正義(たかの・まさよし)さんは「精米による表面の膜の違い」も指摘。「硬い古米は皮を剥きやすく、やや軟らかめの新米は剥けにくい。新米には糠層の薄皮部分が残っていた可能性もあります」。これも、出汁の吸収速度の差に影響があるのかもしれません。

一般的に“古米”とされている米とはどのような状態なのか、米の食味学の大家に教えてもらいました。

農学博士で日本水稲品質・食味研究会会長でもある九州大学の松江勇次(まつえ・ゆうじ)特別教授は「貯蔵によって劣化したお米は、タンパク質を構成している分子構造が変化します」と説明。「日本のお米は熱でデンプンが膨らみ崩れやすい、これがおいしいお米とされています。ところが、分子構造の変化によって熱によるデンプン崩壊が小さくなるため、つまりデンプンの周囲でより強固な網目構造を形成するため、炊飯米は硬くなり粘りが弱くなるのです」。

どうやら分子構造の変化によって炊飯時に硬くなり粘りが弱くなるお米は、リゾットに使うと煮崩れしにくいうえに粒立ちが良く仕上がるようです。

 

■調理法が変わるとお米の価値も変わる

 

今回使った新米は収穫から4ヶ月ほど経っています。そこで、玄米の状態での水分値がどう違うのか、測ってみました。

新米は、1回目15.4%、2回目15.6%、3回目15.4%で、3回計測の平均値が15.5%でした。

一方で古米は、1回目15.0%、2回目15.0%、3回目15.0%で、3回計測の平均値が15.0%でした。

1年間で平均水分値が0.5%減っているだけでなく、新米の状態のときは米粒によっては水分値がばらばら。この結果を見ると、貯蔵中に米袋の中で玄米同士の水分が移動して落ち着いた可能性がありそうです。これが食感の均一さと不均一さを左右する要因とも言えそうです。

日本のお米とイタリアのお米とはそもそも食味に影響する要素に差異はありますが、イタリアではリゾットに古米が重宝がられています。前述した藤田さんがイタリアで食べたビンテージ米のなかで最も古いのはアクエレッロ社の7年物。さらりとしておいしいリゾットに仕上がるそうです。

しかし、単純に年数を重ねればリゾットに合うというわけではなさそうです。
藤田さんによると「イタリアで熟成米を手がける『アクエレッロ社』では、お米に風をあてながら保存し、仕上げに糠をコーティングするなど、手間をかけて熟成させています。ただ古くなってしまっただけのお米とは異なります」。だからこそ、7年経ってもリゾットとして食べられるのですね。

白ごはんや酢飯でお米を食べることが主流の日本の文化では、そもそもお米をあえて7年も保管する必要がなさそうですが、少なくとも玄米のまま低温管理で1年経ったお米は新米よりもおいしく食べられる料理があるということが分かりました。ちなみに、アイホー炊飯研究所の平田さんは「2年経過してさらに水分値が落ちたお米」をリゾットに推していました。

食文化や調理法が変わるとお米の価値も変わる。普段なにげなく食べているお米ですが、角度を変えるとまだまだポテンシャルがたっぷりと秘められていそうです。

(柏木智帆「マイナビ農業」掲載)