柏木智帆のお米ときどきなんちゃら

元新聞記者のお米ライターが綴る、お米(ときどきお酒やごはん周り)のあれこれ

レモンティー風

バニラの香りをかぐと甘く感じ、カカオの香りをかぐと甘く感じる。でも、バニラやカカオは甘くない。むしろ苦いらしい。バニラアイスとかバニラの香りがついているものはおおむね甘いし、ココアとかチョコレートとかカカオの香りがついているものはおおむね甘い。私たちは経験によっても味の感じ方が変わるらしい。

 

私は温かいレモンティーを飲もうとしてカップに口を近づけると、砂糖を入れていないのに、いつも一瞬甘いように感じる。

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レモンティー

小学生のころ姉と一緒にスイミングの選手コースに通っていた。早朝にプールで練習、髪が濡れたまま学校で授業を受け、放課後もプールで練習。1日6〜7キロは泳いでいた。それがほぼ毎日。つらくてつらくて、いつもゴーグルの中に涙をためながら泳いでいた。

 

朝練はたしか5時起き。冬の朝は暗いし寒い。暗い気分で車に乗って、母の運転でスイミングへ。ひとまず練習前にお腹に何かを入れないとスタミナが出ないということで、母はバナナを用意してくれていた。しかし、食べてすぐに泳ぐことで横っ腹が痛くなることをいつも恐れていた。あまりにもつらい練習を耐えるためには、ほんのちょっとだけ横腹が痛いことも大きな障壁となってしまう。

 

バナナの代わりによく口にしていたのは、母が水筒に入れてくれた熱々のレモンティー。といっても茶葉ではなく、缶に入っているインスタントの甘い粉のやつをお湯に溶かすだけ。母も起きてすぐに私と姉を車に乗せて送っていかねばならないので、ポットでお湯を注ぐだけの手軽なレモンティーをよく使っていた。

 

夜明け前、車がまだ暖まらない寒い車内で、水筒のふたをあけると、レモンティーの香りと湯気がたちのぼる。レモンティー風味の甘い飲みものは、これから始まるつらい練習への恐怖をほんの少しだけやわらげてくれた。熱々の飲み物が胃に入ることで、起きたてのこわばった体もほんの少しだけほどけていくように感じた。

 

大人になるにつれて甘いものが苦手になったきたので、今では紅茶に砂糖を入れることはないし、飲むのはほぼストレートティー。でも、ときどき喫茶店でレモンティーを注文すると、甘くないと頭ではわかっていても必ず一瞬だけ甘く感じる。

 

あの甘いレモンティーをまた飲んでみたいけど、飲みたくない。食品売り場であの紅茶とレモンのイラストが入った缶を見つけると、あの頃の母の愛を思う。