前回に引き続き、江戸時代後期のご飯の専門書「米飯部類」を読んでいて最も興奮したのは「例言(そえごと)」にのっていたこの一節。
「諸米飯を炊くとき、米を選ぶことに最大の努力を払うこと。魚・鳥などあぶら気の強いものを入れるときは、性の軽い、味もあっさりした米をよくつき、精白して使う。野菜・豆類など淡白な品を入れるときは、性が強くてうまいものを使うようにする」
これについてはさらに詳しく書かれている。
「たとえば魚・鳥の名飯には北国米(加賀、柴田、村上米などを使用、たとえ性が軽く味が淡白でも、秋田、津軽米などは使わぬこと)をよくつき、精白して使うのがよい。野菜・豆類の名飯には西国米(肥後、筑前、中国、備前米など)を同様によく精白して使う。魚・鳥は持ち味が濃厚なので、米は軽い感じのものが合い、野菜・豆類は淡白だから米の味のしっかりしたものがよい。もし、米の産地・性質を考えずに使うと、味わいの片寄ったものになってしまう恐れがある。だから、米を選ぶことが第一なのである」
江戸の人たちが米料理ごとにお米の使い分けをしていたことに驚いた。お米(食糧)の安定的な確保という意味の豊かさと、文化的な豊かさの両方が垣間見える。
そして、現代を生きる私たちはお米(食糧)の安定的な確保ができているどころか、ずいぶん前から「米余り」の状況が続いている。しかし、使う具材によってお米を変えるという人はいったいどれくらいいるのだろうか。
「名飯部類」では「米の産地・性質」と書かれていて、ここで言う「性質」はおそらく栽培地由来の性質のことを言っているのだと思う。品種について触れられていないところが興味深い。
稲に詳しい農学者・佐藤洋一郎さんに以前に取材させていただいた際、こんなお話をうかがった。
「明治時代は4000もの品種があり、異名同種、同名異種と思われるものを整理しても約600種が残ったと言われています」
「明治・大正時代頃までは一つの品種の中に遺伝的にいろいろなものが含まれていました」
「当時は立派な品種だったものが、いまは当時の品種は『混ざりが大きい』とか『雑駁』などと言われている。つまり、品種とは時代によって位置づけが変わる社会的な存在なのです」
(季刊「自然栽培」vol.17ニッポンの米の可能性を探る。part1「コシヒカリ」は永遠のスーパースターなのか!?もっといろんな米があっていい! より)
当時は「品種」というものが遺伝的にも概念的にも現在よりも曖昧だったのかもしれない。それでも、産地ごとの性質を考慮してお米を使い分けていた。江戸の人たちのお米ライフを見習うと、私たちはお米をもっと楽しめるのではないだろうか。
ちなみに以前にスペインでお米の取材をしたときに、スペイン人たちは「パエリアで使われるお米はこの品種が有名だけど私はこの品種が好き」「パエリアやカスエラにはこの品種」「パエリアにはこの品種、メロッソにはこの品種」というふうに作る米料理や好みによってお米を使い分けていた。
スペインの主食はパンで、お米料理はあくまで料理の一つらしい。日本はお米が主食なのだから、もう少しお米の性質に目を向け、お米の使い分けを追究してみると、お米を食べる人やお米を食べる量が増えるのではないだろうか。つまり、「適地適作」のように、お米も合う料理、合わせづらい料理がある。ベストマッチングができれば、お米がもっとおいしくなって、お米をたくさん食べるようになるのでは…と妄想している。
品種による使い分けはもちろんだけど、同じ品種でも生産者によって食味は異なり、同じ生産者の同じ品種でも栽培方法や田んぼによって食味が変わる。さらにお米とお米をブレンドしてみるなど、楽しみ方は無限大。そしてそれがおいしいかどうかは一人一人の好みによっても異なる。もっとお米を遊んでみると、未知なるお米のおいしさに出会えそう。お米の可能性はまだまだたっぷりある。